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* * *
大学に入った。化粧を覚えた。髪型を遊ばせた。服装に気を遣うようになった。
「──すごく良かったよ」
恍惚が混じる男の声。初の情事の感想は驚いた、その1つだけだった。
ちょっと見た目が変わっただけなのに。夜闇の星が数個、寄り付くようになった。今まで触れもしなかったのに。
「…そうですか」
血が滲んだベッドシーツを掴みながら、私は酷く素っ気なく返す。
いつか誰かのためにと取っておいた破瓜も、それを守る貞操も、ゴミ屑のように捨てた。男とはなんの繋がりもない。後悔は、別にない。
外見は傷ついていないのに、中は少し痛い。ズキズキと。
「…ふぅー」
言い終わるや否や煙を吸い吐く男の呼気。電子タバコの独特の香りと、性と汗の汚濁した匂いが混ざる。大学まで徒歩込みで30分ほど、十畳一間のワンルームが匂いで汚れる。
許可も得ていないのに吸うところ、煙の中できらりと光る男の左薬指。この人はまともな人ではないのかもしれない。
「……」
いや、それは私も同じか。
屑。どうしようもない、屑。
「ふぅー……ねぇ、星那ちゃん」
私の名を呼びながら、ギッとベッドを軋ませて伸びてくる手。男の手が頬に触れる。『もう1回』言わずもがなわかる。
「…もう時間でしょ」
ちらりと、壁掛け時計に目を向ける。時刻は23時。バレなきゃなんでもいい、なれば帰宅時間くらいは守るべきだ。
そういえばこの人の名前、なんだっただろうか。
「…そっか」
私の目線から男も時計を一瞥し、諦めたように立ち上がり、離れる。
男はワイシャツのボタンを1つずつ留め、スラックスに足を通し、ベルトを巻いてネクタイを締める。
着こなされた現実を緩やかに纏う。その姿を見て、私も下着を付け直した。1ミリも褒められなかった。そんなものなのだろうか。
「…じゃあ、また」
「はい、また」
二度と交わすことはない『また』という言葉を残し、男は私の家から出ていった。
「……」
固執もしない、語らいもない。夜伽を愛欲とはよく言ったものだ。好きでもない相手と営む性愛が愛の欲だとするならば、愛とはなんと脆く虚しいものか。
「…暗いなぁ」
窓を開け、夜空を見上げる。都会の空は澱み暗く、星屑1つ瞬かない。
齢19の夜。虚しく散った大人の幕開けだった。
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