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「陽乃…あっ」
すると一つ、陽乃の名前を呼ぶ声が入口から聞こえてきた。
「お、噂をすれば」
目線の先、一人の男子学生が目に映った。
夜のように真っ黒な髪は重ためのマッシュヘア、整った目鼻立ちとそこそこの高さの身長。細身の身体、スラリと伸びた足。派手でもなく、野暮ったくもないおしゃれな服装。そのどれもがいい塩梅に折り重なった、清潔感のある男の子。
「葛輝、こっちこっち」
陽乃は彼を呼び込むようにちょいちょいと手招きをする。葛輝と呼ばれたその子は遠慮がちに講堂に入ってきた。
「前々から紹介しようとは思ってたんだよ。こちら私の彼氏の葛輝です」
「…こんにちは。一ノ星 葛輝です」
「文月 星那です。こんにちは」
笑顔で挨拶をする彼に応えるように、努めて柔らかく、失礼のないように微笑んで自己紹介をした。
近くで見るとその端正な顔立ちがよりはっきりわかる。謙虚な立ち居振る舞いだが、笑みを浮かべる容姿からはおどおどした印象は感じられない。声も思ったよりも低く、同い年にもかかわらず少し大人びた雰囲気を感じた。
「はい、これで知らない仲じゃなくなったね」
「なんのこと?」
「今度の私の誕生日に星那も誘おうと思ってるの。そしたら星那が葛輝のことよく知らないっていうから」
「いや、そんな強引な。今挨拶しただけじゃない」
「そうだよ陽乃。無理やりはよくないよ」
なにか問題でも?と言わんばかりの表情をする陽乃に、二人してツッコミを入れる。予想通りだが、陽乃のパワフルさをある程度抑えてくれる良い彼氏なようだ。
「いいのいいの。星那には私が来て欲しいの!」
「参加するのは別にいいけど…」
ちらりと彼の方を見る。私の目線を拾った彼はまた一つ、温かな微笑みを返してくれた。
「陽乃がごめんね。僕的には迷惑とかはないから大丈夫だよ」
気遣いもできる。あぁ、これはモテるなと思った。
しかし、柔らかさを持つも腹の底までは少し見えない。ミステリアスな雰囲気。好きな人はとことん刺さるような、そんな魅力が彼にはあった。
「はい、というわけでまた今度詳細な時間と場所教えるね!」
「…わかった」
「じゃあ私たち次同じ講義だから!星那、絶対だからね!」
「はいはい」
そう言って彼女が立ち上がり、彼は陽乃のカバンをすっと持った。ありがとうと笑みを返し合う彼らの関係は、傍から見てもとてもいい恋人同士だった。
「じゃ!」
「うん、また明日」
明るく別れを交わす陽乃と、軽く私に会釈する彼。そんな姿を見送りながら、恋人とはどういう関係なのだろうと思いを馳せた。
きっと、今の私がしている行為以上に、愛というものが明確にそこに存在しているんだろう。
彼らの姿を見てそう思った。
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