1夜目 星の屑

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* * *  四限目の授業が終わり、定期券を改札に通して駅前に降り立つ。大学から電車で数駅のターミナル駅。ここが今の家の最寄だった。  大きめのバスターミナルやデパートなどがある駅前。地方出身の私からしたら十分過ぎるほど栄えている場所だが、都心部ではこんな景色いくらでもあるということを知った。大学入学で上京したての時は新鮮さを感じたものだが、今ではなんとも思わない。むしろ、帰宅ラッシュのこの時間は人が多いなと少し辟易さえしている。 「…本屋にでも寄ろうかな」  陽乃と話していた新作の話を思い出し、誰に言うでもない独り言を呟く。そんな言葉も喧騒に紛れて消えていった。  幸い、の時間まで余裕がある。 「……」  帰宅途中のまばらな人混み、ロータリーをゆるりと歩く。本屋までの道すがら、気が付けば恋人という関係について考えていた。  私は人の心の機微を描いた小説作品が好きだが、いくら思いを馳せるも、恋愛の描写だけはいまいち理解できないでいた。  『このドキドキの気持ちがわからない』といった初心な乙女心的なものではない。私にだって、過去に人を好きになったことが一度だけある。 「……」  秋風が頬を撫でる。そよりとした柔らかな風が記憶と繋がる。誰かを好いたのも、ちょうど秋の季節だった。  高校生のときの月並みな話だ。  私は図書委員で、当時2年生だったときの一つ上の先輩。真面目で清潔感のある好青年だった。  野暮ったかった私にも優しくしてくれた人だった。丁寧に教えてくれるその姿や、時折見せるちょっとした笑顔に徐々に惹かれていった。  私なんかが好きになっては迷惑かと思い、告白するのを渋っている間に、彼にあっさりと彼女ができて事実上フラれてしまった。 「……」  また一つ、秋風が吹き抜けて記憶が過ぎる。夏の終わりとも、冬の始まりともつかない、どっちつかずの風。  別に大恋愛でも大失恋でもなんでもない。それを知ったときはさすがにショックが大きかったが、数ヵ月も経つと好意は秋終わりの山肌のように色褪せていった。  ただ一つ、今でも鮮明に記憶に残っているのは── 「…はぁ」  人気のない図書室で行われていた彼らの情事のことだった。
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