1夜目 星の屑

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 橙の西日が差す薄暗い図書室、死角だった隅の本棚の裏。叡智が詰まった古書の香り、汗と栗の花に似た匂い。それらを乗せてそよぐ秋風。古びた木材の軋む音と、荒く乱れ漏れた喜悦の声。──そして、それを覗きこむ私の姿。  娯楽の少なかった私の地元ではそういう行為は珍しくなかった。行為に対する興味を持つ者も大勢いた。私もその一人だったかもしれない。  食い入るように見つめた先で行われる姦淫に、締め付けられるような胸の痛み。ただそれと同時に、見れば見るほど彼への想いが溶けるようになくなっていった。  私はそれに強烈な嫌悪を感じた。 「……」  人を好きな気持ちはこんなにも簡単になくなるのかと。そうであるならば、行為にも想いにも意味はないのではと思ってしまう。  物語にあるような色褪せることのない恋心なんてなくても、性欲を叶えるだけなら簡単にできる。そう、今の私のように。 「…ぁ」  物思いに耽る私に、ビュッとひときわ大きな風がぶつかってきた。風に乱れ靡く髪を抑え、目を細める。風に微かな新しい紙の香りが混ざっているのに気づく。気が付けば本屋の目の前だった。  吹き抜けた突風に、頭の中の御託とくだらない記憶が切り払われたような気がした。  ブーッ! 「…ん?」  鞄の中のスマホがバイブレーションを鳴らす。なにかの通知を受け取った。そして画面を見てすぐにわかった。  画面には何も表示されていない。バイブだけの通知、これはマッチングアプリからの通知を意味していた。ロックを解除して何階層にもフォルダ分けした先のマッチングアプリを開く。  通知もバイブだけで画面には出さない、アプリも簡単には見つからないように奥の奥にしまってある。男性とのやり取りもこのアプリの中だけに留める。  行きずりの欲を吐き捨てる、どうしようもない屑行為。その自覚があるがゆえに、漏れないようにしている。これは私が決めた屑をやるためのルールだった。 『ごめんなさい、今日会えなくなりました』  マッチングアプリのメッセージにはこれだけが来ていた。今日会う予定の男性からだ。  直前でのキャンセル。よくある話だった。むしろ待ち合わせ時間をすっぽかさなかっただけ、この人はマシだろう。このアプリにはどうしようもない屑が星の数ほどいるのだから。 「…はぁ」  適当に返事をし、予定が流れたことを憂いて溜息を零す。今日はそういう気分だったのに…と、どこにも行き場のない気持ちが秋の空気に溶けていった。
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