ぼくたちの取引

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19時32分。 暗闇の中、腕時計の針が鋭角をつくっている。 ぼくは周りに誰もいないことを確認し、リュックの中を開け、内ポケットに手をつっこんだ。 中をガサガサとかきまわすと柔らかいビニールの感触がする。 ぼくはそれを、ゆっくりひっぱって取り出した。 その透明のビニール袋の中には、直径5ミリほどの白やうすいピンクのかたまりが5粒ほどが入っていた。 袋はジッパー式でかたく密封されていて、近くに寄ってもなんの匂いもしない。 ビニールの端をつまんでななめに傾けると、それは袋の底をするすると転がり、はしっこにたまった。 「……ちゃんとあるな」 ぼくはそれをさっと蛍光灯の光で照らしたあと、ぎゅっと手のなかでにぎった。 ビニールがぐしゃっと鈍い音をたて、ゆるくシワをつけて丸まっていく。 緊張で思わずその手に力が入ったが、ぼくはあわててその力をゆるめた。 これは、これからの大事な取引のためのものだから。 丁寧にあつかわないといけない。 万が一割れたりしたら、たいへんだ。 ぼくはそれをいそいそとリュックにしまって、きつくチャックを締めた。 そして大切におなかの前にかかえて、さらにリュックの前で手を組む。 そう、ぼくは今ある取引を実行するため、この場所に立って人を待っている。 まず、ここは雑居ビルの階段横のくぼんでいる謎スペースだ。 蛍光灯のしたとはいえ、ちょうど階段の影になっていてかなりうす暗い。 壁と蛍光灯のあいだにはクモの巣がはられ、床のタイルの溝には砂とホコリがたまっていた。 あー、相変わらずきたなくてボロい。 もちろん相手の要望で、人目のつかないであろうこの場所が指定されている。 まぁ、場所についてはぼくも目立たなければなんでもいい。 それより、とにかく平穏無事にこの取引が成立すればいい。 後はなんでも。 「もうすぐだ……」 ふたたび時計に目をやると19時37分、約束の時刻が近づいていた。 その時間を目にしたとたん胸がざわついて、心臓の鼓動がはやくなった。 ぼくは意味もなく、横断歩道を渡るときのように右、左をなんども周囲を確認する。 しばらくすると、不規則なくつの音がこちらに向かって聞こえてきた。 その音は建物の天井にはねかえり、大きく響いている。 そして、人影がぬっと現れ、僕の目の前でピタリ立ち止まった。 「……持ってきた?」 人影は真剣な声色でそうたずねた後、こちらに1歩踏みこんできた。 相手の表情は光の加減と深く帽子をかぶっているのとで、よくみえない。 ぼくは何とも言えない雰囲気にのまれ、後ずさりし、冷たい壁に背中があたる。 ……なんか怖い。 しかし、このまま黙っているわけにもいかないので平静を装って話しはじめた。 「もちろん。これ」 ぼくはそう答え、ビニール袋を胸の前に掲げた_______
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