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「今夜は外食にして、明日の朝はマルシェに行こう。なにか食材を買ってこないと」
そのことはもう祐斗と話してある。祐斗がフランスの食材に慣れるまでは二人で作り、その後の食事当番は交代でということにした。
「マルシェって、なに?」
セナはちょっと考えた。
「日本で言うと朝市だよ。広くて市場みたいな感じかな。祐斗は気に入ると思うよ」
スーパーを利用するより物がすごく新鮮だ。それに祐斗にマルシェの開放的な雰囲気を教えてやりたい。
「買い物はその日の分だけ買って、毎日行こう。せっかくだからうんと外に出た方がいい」
祐斗は喜んだ。屋敷にいて外に出るのは近場の散歩くらい。車に乗っても何時間も走らないと賑やかな場所には行けない。
(俺のせいでどこにも行けなくて)
セナはそんな後悔に苛まれている。この二か月はどんなことをしてでも祐斗の望む生活を守りたい。
荷物を整理したり、部屋の中を見回ったり。日本のアパートとは違う家の中を、祐斗は行ったり来たりした。屋敷とも違う様子にわくわくしている。
ゲストルームは、5部屋のうち2部屋ずつの間にバスルームが設置してあった。どちらの部屋からも入れて、内側から鍵をかけられる。残りの一部屋にはシャワールームがついていた。トイレは5室それぞれに。豪華な造りだ。
自分たちのバスルームには目を瞠った。
「フランスじゃバスルームの中で体を洗うだけなんだよ。でもそれじゃ気分が悪いだろ? だから後からシャワールームを作ったらしい」
シャワーとバスタブは行き来できるようにと、セメントのブロックの階段で繋がっている。
「不思議だね、バスタブとシャワールームの間に階段があるなんて」
「そうだな、ちょっと違和感あるよな」
全体的にワードローブ(洋服だんす)とチェスト(引出しのたんす)が少ない。これはフランス人はそれほどに衣類を持たないからだ。セナも祐斗も二ヶ月分だけの衣類を持ってきているから間に合うが、普段の生活でどうしているのか。
「ファッションの国だと思われてるけどね、フランス人はコーディネートの能力が優れてるってことなんだよ。少ない服を着回して生活してるんだ」
「でも一年分なのに」
「日本人の感覚と違うさ。小物を入れるチェストも買ってこよう。部屋が寂しいから」
部屋が寂しいからチェストを買う。そんな考え方をしたことがない。セナもすっかりフランス式の思考に戻っている。
「2,3時間休んだらどうだ? 病み上がりなんだしお前も疲れたろ? 俺もちょっと疲れた」
言われて見ると確かに疲れている。祐斗は寝室に入って、ベッドに横になった。目を閉じるとすぅっと眠ってしまった。
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