82人が本棚に入れています
本棚に追加
「ジャポネーズ?」
「はい、日本人です!」
日に焼けた20代くらいの若い男がにこっと笑いかけてくれた。それだけで涙が溢れそうになって来る。
「観光客?」
「いえ、こっちに住んでます」
「そうか。大変だろ、外国住まいって」
「父が一緒だから」
「なら安心だ。俺は11月まで叔父のところで手伝いをしてるんだよ」
屋台の端で小柄な男性が寿司を握っている。いろいろ話したいが、混んでいるからじっくりお喋りなど出来ない。
「オマケしてやるから買ってけよ」
「ありがとう!」
市場だからネタは新鮮だ。マグロとアジとイカを買う。セナの分もだ。
「週末はここで屋台出してる。良かったらまた寄って」
「はい! また来ます」
ちょっとした立ち話をしただけ。ただそれだけが胸を熱くした。
「寿司?」
セナが驚く。
「アジだ!」
セナはアジが大好きだ。
「あっちで日本の人が屋台出してたんだ」
「日本人が?」
「うん! 週末はやってるって」
父には涙を見せないように笑顔で答えた。泣いたりしたら優しい父はきっと自分を責めるだろう。
「良かったな、祐斗」
まるで心の中を覗いたように父が肩に手を置いてくれた。
次の日は蚤の市に出かけた。マルシェと同じように、道路一杯に出店がずらっと広がっている。扱われている品は種々様々だった。衣類、アクセサリー、食器などを専門に出しているプロの店があったり、素人が家庭から家の中の不用品を出品している店があったり。家の中からだから(こんな物、何に使うんだろう?)というような物まである。
「これ、なに?」
セナが店の主に聞きながら卵型の木の細工品を手にする。
「パズルだよ。組んだ木をばらばらにしていくんだけど、俺は出来なかったんだ」
主が残念そうに言う。
「いくら?」
「1ユーロ(約150円)だね」
セナは「ふぅん」と言いながら卵を置いた。台の上を眺めていくと、端に鍋がある。手に取ってみた。祐斗が覗き込む。
「ちょうどいい大きさだね!」
「待て待て」
鍋の底を空にかざしてみる。
「見ろよ」
そこには小さな光があった。
「穴が開いてる。粗悪品だ」
蚤の市にはそんな質の悪い品を売りに来る者もいる。二人はそこを離れた。
最初のコメントを投稿しよう!