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執務室には俺と魔王の2人きり。
魔王は俺の方まで近寄り、腕を広げた。
「マヒル、おいで」
「······」
俺は黙って魔王の腕の中に。
魔王はぎゅうぅっと俺を抱き締める。
「大丈夫?」
「······ああ」
別に悲しくない。
なにも感じない。
殺されたと聞いても、驚きはあったがそれ以外はなにも。
「······おかしいよな」
ニュースで災害や事件で人が死んだと聞いたら、少なからず悲しみや同情心があった。
昔、近所のばあちゃんが亡くなった時は悲しかったし泣いた。
会ったら挨拶をするだけの仲でもだ。
でも俺はあのクソジジイや王子王女が殺されてもなにも感じない。
「前までなら、少しくらい悲しいって思えたはずなのに······」
「······仕方ないよ」
魔王は抱き締めるのをやめ、かがんで俺と自分の額をくっつけた。
近い······
「多分、マヒルはまだここが現実だと心がついてきてないんだから」
「心が······」
「うん。マヒルから少し聞いたけど、君の故郷って平和で争いとかがない国なんでしょ。ここは故郷と全然違う世界なんだから、まだ現実だと完全に納得できていない」
「······」
「ゆっくでいいよ。焦らなくていいよ。ここは君をジョブだけで判断して貶す者はいない。僕もリカルドも城の皆も、マヒルがいい子だって知っているから」
魔王の言葉が胸のざわつきを和らげてくれる。
ゆっくりと顔を離す魔王は優しく微笑んだ。
「ねぇ、マヒル」
「なに······?」
「大好き。愛してる。心から」
「············俺、も」
「え······」
「······前よりかは、嫌いじゃない······」
「······!!」
これは不可抗力。
だって初めて会った時からずっと好き好きアピールされてきたんだ。
俺の要望は叶えてくれるし、こうして慰めてくれる。
それに、こいつに拾われなかったら俺はここまでまともな生活はできていない。
最悪の場合は野垂れ死に。
むしろ、絆されない方がおかしい。
「マヒル······今の言葉、信じてもいい?」
「······好きにしろ」
「僕、バカだからそのままキスしちゃうよ。今すぐベッドまで転移して······抱くよ」
「······」
不憫なこいつに同情、助けてくれたことへの感謝、そしてこの1ヶ月で芽生えたほんの少しの恋情が混ざる。
このまま抱かれることに迷いと恐怖がないといえば嘘になる。
お袋が期待しているようなことはないって思っていたし。
「マヒル」
人生、マジでなにがあるかわからない。
だから······
「マヒルの全部、僕がもらってもいい?」
「······」
俺がここで頷いたのも仕方のないこと。
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