異世界での受難

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異世界での受難

 立ち上がって見渡せば、周囲は360度紫の木々。  空はどんよりと曇っていて、いつ雨が降ってもおかしくない。  どこからかギャギャアと鳥(?)の鳴き声と羽ばたく音が聞こえる。  まさに異世界。  俺は最悪な形で異世界にきたんだと実感させられた。  異世界に召喚されただけじゃなく、まさかこの身で王道展開を体験するとは······  「······よく考えたらさ、これってただの誘拐じゃん」  しかもかなり悪質な。  なにせ、右も左もわからない場所に連れてこられて森に捨てられる。  金、衣食住、人権、戸籍、頼れる人、すべてなし。  「は、ははっ······」  冷静になってくるとだんだんイライラしてきた······!  しかも、あのクソジジイ······  『召喚は片道のみだから返品不可。なら、捨てるのが国のためだ』  俺は物じゃねぇよ。  なにが国のためだ。  勝手に人を巻き込むな。  俺は1度、ゆっくり深呼吸をし······  「あのクソジジイ、毛根という毛根がすべて消滅してしまえっ! 抜け毛に悩んで周囲から『頭が眩しい······』って思われてしまえ!」  溜まった鬱憤をすべて晴らすため、大声で叫んでやった。  「歩く度にタンスの角に足をぶつけてしまえ! 大勢の前で転んで恥じをかいてしまえ!」  どうせ誰も聞いていない。  だから俺は遠慮なく叫べた。  「あとは············と、とにかく、不幸になってしまえ、あの誘拐犯ジジイッ!!!」  ······叫んだら少しだけスッキリした。  まぁ、それで現実が変わる訳じゃないけど、呪いの1つや2つ叫ばないとやってらんないし。  てかさ、なんでジョブが"無職"な訳?  たしかにまだ高2だから定職にはついてないし、親父やお袋の仕事の手伝いしかしてないけどさ。  せめて"学生"か"フリーター"にしろよ。  ······学生はともかく、異世界にフリーターなんて言葉がある訳ないか。  「······とりあえず、歩くか」  助けなんて来るとは思えない。  だってあのジジイ、"魔の森"とか言っていたんだ。  雰囲気もそうだが、絶対に危険な森だと簡単に想像できる。  異世界といえば、剣と魔法のファンタジー。  そこに出てくる動物といえば、魔物。  まだ死にたくないし、生きたまま食われるとか想像するだけでも無理······  「あーあ。こんなことになるなら、親父に言われた通り、空手とか合気道でも習うんだった」  親父はいつ異世界に召喚されてもいいようにと、俺に色々なことを仕込んだ。  料理、掃除、雑学、戦闘技術······  最後に関してよく親父とお袋とケンカしてたな。  まぁ······  『ダメに決まってるでしょ! もしそこらの男より強くなったら、真昼に()()ができるチャンスが潰れちゃうじゃない!』  お袋の言い分もかなりひどかったけど。  なぜ彼氏なんだ。  ここは彼女だろ。  俺自身、戦うことに興味なんてなかったのであの時ばかりはお袋の意見に便乗。  後悔先に立たずとはこのことだ。  ちなみに、料理とかに関してはお袋も賛成していた。  『BLでも異世界召喚はよくあるのよ。そして結ばれるきっかけは高確率で受けが作る料理なの!』  おかげで俺はスパイスからカレーを作れるし、材料と器具さえあれば和洋中なんでもいける。  しかし、今はそんなスキルは役に立たない。  活かすならまずは人のいる町まで移動しないと。  俺は覚悟を決め、森を進む。  どうか、優しい人のいる町に行けますように······!
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