お母さんになるの。

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 憎いとは思ったことはない。その辺、私は寛容だった。学校の友達や出来事に対して斜に構えるところがあったから。ただ、人並みにできることがないという紛れもない事実を須藤君の前で突き付けられるのが惨めだっただけだ。  その日は意に反して涙腺がゆるみ、初めて学校で泣いた。顔をおおった指の隙間から須藤君をチラチラうかがいながらさめざめと。 私の心は思春期を迎え傷つきやすくなっていたのだ。 「運動会なんてビリでもいいじゃん。そんなの美穂ちゃんの価値を傷つけるほどのものじゃないよ。 だって、美歩ちゃんは『三億人のちびっ子マラソン大会』の勝利者なんだよ」  え、 勝利者?   私には生涯無縁だと思っていた言葉に胸を打たれ、はっと顔を上げた。 「私が勝利者?」 「そうよ」  みそ汁の香りが漂う台所でエプロン姿の母は平然とうなずいた。そして私の前にちっちゃなミカンを片手で三つ、ポンと置いて続けた。 「日本の人口の2.5倍ね。そのくらいたくさんの子どもたちが競争するの。山あり谷あり。海あり沼あり。途中でマラソンなんて放り出して丘や野原で遊びまわる子もいれば、海や湖でばちゃばちゃ水遊びを始める子たちもいる。でも、大部分の子どもたちはゴールに向かって一生懸命走るのよ。その中で美歩ちゃんは一等賞になったの。だからこうしてお母さんの娘として生まれて来たのよ」  私はぽかんと口を開いて、マラソン大会を想像してみたがうまくいかない。  「そんなの覚えてないよ」
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