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そんなはずない。
日本がこんなに治安悪いはずがない。
私は自分に言い聞かせた。
たまたまヤブ医者に2人連続であたってしまったに違いない。
あの医者は片方は処分する、と言った。
“処分“だなんて言ってるが、要するに殺すと言うことなのだろう。特効薬がなければ感染が拡大する可能性がある。それを妨げるために殺してしまおうということだ。理屈は通っているように見えて通ってない。殺したら菌が死ぬというわけでもないだろう。既に菌は日本に上陸しているという事実を無視してしまっている。そもそも、人を殺すのに理屈どうこうではないだろう。
私は違う病院へと到着した。
今度こそまともな意見を聞けるはずだ。そう思い込むが、また同じようなことを言われるのではないか、という嫌な予感が心の奥底をノロノロと這っていた。
嫌な予感は見事的中した。
この医者もこれまでの医者と同じことを言った。
「特効薬はもう日本にあと一つしかありません。それと感染拡大を防ぐために住所を教えていただけますか?保護しに行きますので。」
こちらの医者は細身なきつね顔で、釣り上がった一重の目で無表情で接してくる。
今度は“保護“だなんて言葉を濁しているが、もうそれが何なのか私は知っている。“処分“されるんだ。
絶対に住所を言ってはいけない。
「貴方も私の敵ですか?殺す気なんでしょう私の夫と子供を!」
私はこの医者にというより、この世の中に対する怒りも含めて昂った感情を言葉に乗せていた。
「ええ。本当に『ナイトメア病』ならそうなります。残念ながら殺さないと日本国民全体に危害がありますので。」
やっぱりそうだ。この医者はこんなひどいことを言っているのに表情一つ変えないろくでなしなんだ。ただ、少し気になることを言ったのを私は聞き逃さなかった。
「“本当に“ってどういうこと?『ナイトメア病」じゃない可能性もあるってこと?」
「はい。私は貴方が嘘をついているのではないかと思っています。なぜなら『ナイトメア病』は元々ヨーロッパの病気で、日本ではほとんど感染者はいないし、出るたびに特効薬で全員完治させてきました。貴方の夫と子供はどこからその感染症を貰ってきたんですか?直近でヨーロッパに行ったんですか?」
私には思い当たる節があった。
夫とハルはヨーロッパに行ってない。ただ“私は先日中学の頃の友達とヨーロッパに行ってきた“のだ。
ちょっと待って。じゃあ私が夫とハルに移してしまったということ?
夫とハルは今も苦しみ続けているというのに、私だけが発症せずにピンピンと生きているというの?私が原因なのに?
神様はなんて意地悪なんだろう。こんなことになるなら、私だけが罹らばよかったのに…。
「どうです?思い当たる節はありませんか?ないのであれば『ナイトメア病』ではない可能性がありますよ。」
「『ナイトメア病』と似た症状の病気ってないの?もしかしたらそれかも。」
「いえ、それはありません。貴方がおっしゃった旦那さんとお子さんの症状は『ナイトメア病』そのものです。私が疑っているのは感染元です。もし、本当に『ナイトメア病』なら即刻片方に特効薬を打って、もう片方は処分する必要があります。なので、事実確認は大事なのです。そもそも、貴方は『ナイトメア病』に罹っていないのですか?今日眠ったらもう起きれないかもしれませんよ?」
AIのように無感情で抑揚もなく言葉を発する医者を無視して、私は病院から走って逃げ出した。
殺される。このままだと、夫とハルのうちどちらかが殺されてしまう。
もう、3つの病院も回ったのに全ての医者が同じことを言うのだ。ふざけた現状だが、事実と受け止めるしかない。日本には『ナイトメア病』の特効薬は一つのみ。さらに、『ナイトメア病』と同じような症状の病気は存在しない。このことから夫とハルは『ナイトメア病』に罹っていることは確定で、どちらか1人しか完治せず、片方は医者に“処分“されてしまう。私が取れる選択肢は2択。夫を生かすか、ハルを生かすか…いや、そんなの選べる訳ない!選ぶ必要もない!
選択肢はもう一つある。
海外に渡って特効薬を入手することだ。
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