僕らのチルスペース

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 コンビニという名前からして、そこは便利な場所になきゃいけないはずだろう。  なのに僕の家の最寄りのコンビニは何故か、その近くの大道路から外れていて、小道でしかも一方通行。反対車線から入るには一方ズレないといけない。  ダメ押しに近くにもっと大きく駐車場もデカい有名チェーンのコンビニがあるせいで、コンビニなのにコンビニエンスになりきれないローカルチェーンの弱小店舗は、忙しいお昼時でも基本ワンオペでこなせるほどの賑わいだった。  何故この店が潰れないのかは大元の親会社がウンタラカンタラと、大人の事情らしいので省略。俺としては徒歩で来る分にはこっちが近いし早いし楽だしで問題ない。人が多くないほうがいいからありがたいのだが。 「おーお疲れー」 「お疲れ様です」  あとこのコンビニ前の喫煙所の常連仲間がいるのも大きい。 「ヨウくん、新作のホットスナック食べた?」 「なんか出たんすか」 「ジューシーチキンのチーズ味。むしろ何故今まで無かったのかって思ったよね」 「確かにチーズ味って定番すよね。あとで買って帰ろ」  スーツを着て煙草を咥える彼女はナギさん。それ以外は知らない。日付が変わるか変わらないかくらいのこの時間にいつもここで煙草を吸っている。何故そんな時間にスーツなのか聞いたら、帰っていつもそのまま寝てしまうかららしい。どう見ても帰り道の足そのままで来てるときもあるが。  吸っていた彼女の一本の先端に、僕が出した新しい一本の先端をくっつける。光を分け与えてもらって、味も香りも同じものを味わう。  仲良くなったのはいつもここで、二人していつも同じ味の煙草を吸っていたから。多分お互いに認知してて気にはなっていたのだろう。  最終的に知ってる人が知人になったきっかけは彼女が煙草を切らしたとき。運悪く直前に僕が買った分で品切れで、灰皿近くで吹かしていた僕のもとにやってきて、お金あげるから分けてください!と、いい大人がしっかり頭を下げてお願いしてきた。本当にこの人は社会人なんだなぁとなんか面白くなって、そこから会話を重ねるようになった。 「あれ、ナギさん髪切りました?」 「よく気づいたねー。職場の人誰にも言われなかったのに」 「まあ仕事に集中してたらね。僕はただ喋ってるだけだし、なんなら毎日会ってるし」 「週5でしか会わない奴らと一緒にするなってか?」 「まあそう言えなくない」 「生意気な」  笑いながら煙を吹かすその顔は見るたびに細くなっていってる気がする。もしかしたら髪型が変わったからかもしれないけど。ちょっとだけ短くなった。主に前髪。隠れかけていた目がしっかり見える。  その目がいつもなにを見ているのかわからない。たまに僕を見ているようで、僕を見ていないときがある。僕ではないなにか、それがなにかわからない。 「ヨウくん最近の休みはなにしてるの?」 「そんな数日でなんも変わんないですよ。変わらず家で漫画やらゲームやら」 「最近オススメの漫画は?」 「昔流行ってたバスケ漫画読んだんですけど面白かったですよ。最近新作映画やってたやつ」 「あぁ・・・なんかニュースで言ってたわね」  興味がないというより興味を持たないようにしているんだと思う。興味を持ったところでそれを消化出来ないから。休日はいつも寝て終わるって言ってた。 「というか映画って最近見てないわー」 「どういうの見るんです普段」 「うーん・・・漫画原作とか多いかな。アクション凄いやつとか」 「あーいいですね。じゃあ今度最近公開したばっかのやつ見にいきましょうよ」 「いいじゃん、行こうか」  嘘つき。 「その代わり起こしてよ?」 「遅い時間にすればよくない?」 「目覚ましかけなかったら一日中寝てるよ」  はーって大きなため息つきながら持ってたレジ袋の中から度数高めの缶チューハイを開けた。そっか、明日は土曜日だ。 「え、ずるい。俺も買ってこよ」 「おうおう買ってこいこい」  そう言って戻って持ってきたのは、同じ味の違う缶チューハイ。なんと彼女よりも度数が5%も低い。 「軟弱者」 「若いって言ってください」  僕も封を切って乾杯を言わず缶をぶつけ合う。最近飲んでなかったなぁって思う。一人でわざわざ飲まないし、元よりそんな飲み会とかもしないし。その上煙草吸いながら酒飲むとか良くないなぁって他人事みたいに煙の消える先を見ていた。  実際隣の彼女は数口飲んでだいぶ酩酊していた。色々溜まったもんがあったんだろう。  そこから彼女の愚痴を聞いていた。別に具体的な内容はなにもなくて、あの上司がうるさいだの、仕事が多すぎなの、そういう感情のままにって感じ。  ここまで色々吐き出しているのは初めて見た。そのうち飲んだもの含めて身体の中のもの全部を吐瀉してしまうんじゃないかって。それで楽になるならそれでもいいと思う。  だから僕は彼女の背中を摩った。お疲れ様、偉いです、よく休んでくださいって。別に吐き気を催してるわけでもないのに。 「ヨウくん・・・」 「な、なんです」 「・・・」  しばらく僕のことを見続けていた。そうかこんな顔もするのかって初めて気づいた気がする。アルコールも随分と回ってきた。知らないうちにほとんど二人とも中身はなくなってきて、だいぶ顔も熱くなってる。 「・・・やばい、ほんとに吐きそう」 「あートイレ行きましょ!」 「大丈夫一人で」  大丈夫大丈夫だからって、少し揺れながらトイレへと向かった。その後ろ姿を見送るだけの自分が子供っぽく思った。  やがて変わらず真っ赤な顔のまま戻ってきた。その顔色から青は減ったが、にしても赤いままだった。 「ほら、帰りましょう。流石にお店にも申し訳ないし」 「送ってって」 「・・・いいですけど、ちゃんと案内してくださいね」  そこは大丈夫じゃないんだ。  どうにか千鳥足で彼女の住んでる部屋までたどり着いた。同じコンビニに通ってるから当然なんだけど、自分の部屋からそんな遠くなかった。  部屋に上がり彼女をベッドに寝かせる。見渡せば特に装飾はなくて、テレビやテーブルなど必要最低限のものしかない。空っぽのペットボトルが数本テーブルの上に立っていた。  失礼して冷蔵庫の中を覗けば飲みかけのミネラルウォーターがあったからそれを渡す。ありがとうとおぼつかない手で受け取って、少し溢しながらたどたどしく口に含んだ。  まるで赤ん坊みたいで、カッコいいなんて欠片もない。知らなかったナギさんだった。  たらふく飲んで満足したのか、起き上がってトイレと一言放って部屋を出た。廊下の明かりが点く。  ベッドの前に座ってなんとなくテレビをつけた。よくわからないバラエティがやっている。こんな時間にテレビを普段つけないから、こんなのやってるんだって知る。ゴールデンタイムでは雛壇ばかりの芸人たちが、この時間だと主役になって輝いている。ちゃんと場所をわきまえれば、誰だってそれなりに凄い人になれるのかもしれない。僕には関係ないけど。  今なにをやってるんだろう。  テーブルの下から彼女の下着がチラッと目に入った。  本当に今僕はなにをやっているんだろう。  トイレから戻ってきた彼女はそのまま僕の横まで着てしゃがんだ。顔の高さが同じになる。 「おかえりなさ・・・」  喋りかけた口は彼女の口で塞がれた。ただ触れていただけの時間は少しで終わった。二人して互いの顔を見合わす。多分僕だけじゃない。今なにをしているのかわからないのは。  また彼女がくっついてきた。今度は触れるだけじゃなくて、少しだけ強引に僕の口を広げながら、砂漠の中でオアシスを探すように走り回った。  酷く久しぶりの衝撃だった。アルコールの匂いと酸っぱい匂いと、消えかけのフルーツフレーバーの匂い。混ざったそれは気持ちよくも気持ち悪くもあって、結局なにも考えなくなった。  何時間にも感じたそれはきっと数分で、その強制力のない拘束から解放されると、彼女は僕に立つように促す。 「ん」  ただそれだけで。言葉にも満たない音数で。それは親戚の子供を思い出させて、いつもの僕の知らない世界を知っている彼女とは違った。  立ち上がった僕諸共ベッドに倒れこみ、まるで無い距離で僕は彼女を見つめていた。 「明日・・・映画行く?」 「・・・いや、大丈夫です。また今度で」  どうせ行けやしないんだから。
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