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ぎゅうぎゅう詰めのリュック。お気に入りの帽子。履きなれた靴。
散々読み込んだガイドブックのタイトルは【そうだ、京都へ行こう!】
表紙を飾る古き良き街並み。八つ橋。舞妓さん。作り笑顔のバスガイド。みんなみんな、君の手の中でクシャクシャになっている。
「ふああ」
大きな大きな君のあくび。
まだ観光を始めたばかりだというのに、君は眠そうに目をこすっていた。
興奮して眠れなかったのは分かるけど、それ以上に退屈だと言いたいのだろう。
一つ目、二つ目の観光スポットに、君は不満を募らせていた。
京都に着いた僕たちが、ガイドブックのおすすめコース通り最初に向かったのは、JR嵯峨嵐山駅から徒歩10分のところにある観光名所「渡月橋」だ。
平安時代に架けられたという歴史あるその橋は、大変人気のスポットであるらしいが、君には地味過ぎたらしい。すぐに飽きてしまったようだった。橋の奥に広がる森が紅葉でもしていれば、また違ったのかもしれない。
次に向かったのは「野宮神社」。君は、ここで完全に不貞腐れてしまった。縁結びで有名なこの神社の“縁結び指輪お守り”をずっと欲しがっていたのに、神社の人が不在で手に入れられなかったのだ。
水色とピンクの指輪が赤い糸で結ばれた、可愛すぎるペアリングの“縁結び指輪お守り”。君は僕と、一つずつ持ちたがっていた。
……もう結ばれているのだからいいじゃないか、と思うが、いつまでも恋する少女のような君が愛しくて仕方ない。
けど、そろそろ機嫌を直してくれないかな?
『ほら、いつまで不貞腐れてるの。君が来たがってた“竹林の小径”だよ』
左右に青々とした竹が立ち並ぶ、まるで別世界に続いているかのような幻想的な小路。旅行前に“ここで一緒に写真を撮ろうね!”とはしゃいでいた君は、カメラを取り出そうともしない。
気が変わってしまったのだろうか?つまらなそうな顔は、タケノコでも探すように竹藪の中をぼーっと見ている。
おなかが空いたのかもしれない。
でも、そういう態度は、良くないよ。
せっかくの新婚旅行なんだから、一緒に楽しむべきだ。
……新婚旅行というものの、結婚から三年も待たせてしまったから、怒っているのかもしれないな。
「あ!」
『なに?』
「野宮神社で亀石を撫でてくるの、忘れちゃった……」
『亀石?ああ、撫でると願いが叶うってやつだね』
「戻らないと」
そう言って君は、400メートルある小径の殆ど出口から、また引き返す。
僕はやれやれと肩を竦めて、夫というよりは保護者のような気持ちで、自由気ままな背中についていった。
どこまで行っても変わり映えしない小径を、君はズンズン、ズンズン。けどすぐに、トボトボになる。歩きっぱなしで疲れたんだろう。
「歩いてるの飽きた!しりとりでもしよ!」
『え?なに突然』
「しりとり!」
『もう始まってるの?仕方ないな……り……りょうり』
「りす」
『スイス』
君は全然楽しくなさそうな顔で、しりとりをする。僕はそんな君の顔色を少しでも変えたくて、困らせたくて、同じ文字で返した。
「スイカ」
『カモシカ』
「怪獣」
『う……羽毛。そうだ、寒くなってきたら布団、買い替えないとね』
「浮き輪」
『無視か。わ、わ、輪』
「わたあめ」
『め?め、め……メロンパン。あ、いや、メロン……どっちにしろ“ん”か……』
どうせなら、もっとカッコいい言葉で負けたかった。メトロポリタン美術館とかね。なんだメロンパンって。
……仕方ないんだ。君はメロンパンが好きで、いつもメロンパンメロンパン騒いでいたから。
「メダカ」
『え?まだ続けるの?』
「回転ずし」
『ああ、いいね。お寿司食べたい』
「し……白和え」
『白和えもいいね。やっぱり和食だ。君の作るビショビショの白和え、僕は好きだよ』
「え……エイリアン」
『あ。君も“ん”が付いたね。負けだ負け。お揃いだ』
僕のからかいに、君はふっと寂し気な笑みを浮かべて、ぽつりと言った。
「……やっぱり、一人でしりとりしても、つまんないな」
小さな肩を落とし、グスッと鼻をすする君。
僕は夢から醒めたような気持ちになった。
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