【ひとり新婚旅行】

1/2
前へ
/2ページ
次へ
 ぎゅうぎゅう詰めのリュック。お気に入りの帽子。履きなれた靴。  散々読み込んだガイドブックのタイトルは【そうだ、京都へ行こう!】  表紙を飾る古き良き街並み。八つ橋。舞妓さん。作り笑顔のバスガイド。みんなみんな、君の手の中でクシャクシャになっている。 「ふああ」  大きな大きな君のあくび。  まだ観光を始めたばかりだというのに、君は眠そうに目をこすっていた。  興奮して眠れなかったのは分かるけど、それ以上に退屈だと言いたいのだろう。  一つ目、二つ目の観光スポットに、君は不満を募らせていた。  京都に着いた僕たちが、ガイドブックのおすすめコース通り最初に向かったのは、JR嵯峨嵐山駅(さがあらしやまえき)から徒歩10分のところにある観光名所「渡月橋(とげつきょう)」だ。   平安時代に架けられたという歴史あるその橋は、大変人気のスポットであるらしいが、君には地味過ぎたらしい。すぐに飽きてしまったようだった。橋の奥に広がる森が紅葉でもしていれば、また違ったのかもしれない。  次に向かったのは「野宮神社(ののみやじんじゃ)」。君は、ここで完全に不貞腐れてしまった。縁結びで有名なこの神社の“縁結び指輪お守り”をずっと欲しがっていたのに、神社の人が不在で手に入れられなかったのだ。  水色とピンクの指輪が赤い糸で結ばれた、可愛すぎるペアリングの“縁結び指輪お守り”。君は僕と、一つずつ持ちたがっていた。  ……もう結ばれているのだからいいじゃないか、と思うが、いつまでも恋する少女のような君が愛しくて仕方ない。  けど、そろそろ機嫌を直してくれないかな? 『ほら、いつまで不貞腐れてるの。君が来たがってた“竹林の小径”だよ』  左右に青々とした竹が立ち並ぶ、まるで別世界に続いているかのような幻想的な小路。旅行前に“ここで一緒に写真を撮ろうね!”とはしゃいでいた君は、カメラを取り出そうともしない。  気が変わってしまったのだろうか?つまらなそうな顔は、タケノコでも探すように竹藪の中をぼーっと見ている。  おなかが空いたのかもしれない。  でも、そういう態度は、良くないよ。  せっかくの新婚旅行なんだから、一緒に楽しむべきだ。  ……新婚旅行というものの、結婚から三年も待たせてしまったから、怒っているのかもしれないな。   「あ!」  『なに?』 「野宮神社で亀石を撫でてくるの、忘れちゃった……」 『亀石?ああ、撫でると願いが叶うってやつだね』 「戻らないと」  そう言って君は、400メートルある小径の殆ど出口から、また引き返す。  僕はやれやれと肩を竦めて、夫というよりは保護者のような気持ちで、自由気ままな背中についていった。  どこまで行っても変わり映えしない小径を、君はズンズン、ズンズン。けどすぐに、トボトボになる。歩きっぱなしで疲れたんだろう。 「歩いてるの飽きた!しりとりでもしよ!」 『え?なに突然』 「しりとり!」 『もう始まってるの?仕方ないな……り……りょうり』 「りす」 『スイス』    君は全然楽しくなさそうな顔で、しりとりをする。僕はそんな君の顔色を少しでも変えたくて、困らせたくて、同じ文字で返した。 「スイカ」 『カモシカ』 「怪獣」 『う……羽毛。そうだ、寒くなってきたら布団、買い替えないとね』 「浮き輪」 『無視か。わ、わ、輪』 「わたあめ」 『め?め、め……メロンパン。あ、いや、メロン……どっちにしろ“ん”か……』  どうせなら、もっとカッコいい言葉で負けたかった。メトロポリタン美術館とかね。なんだメロンパンって。  ……仕方ないんだ。君はメロンパンが好きで、いつもメロンパンメロンパン騒いでいたから。 「メダカ」 『え?まだ続けるの?』 「回転ずし」 『ああ、いいね。お寿司食べたい』 「し……白和え」 『白和えもいいね。やっぱり和食だ。君の作るビショビショの白和え、僕は好きだよ』 「え……エイリアン」 『あ。君も“ん”が付いたね。負けだ負け。お揃いだ』  僕のからかいに、君はふっと寂し気な笑みを浮かべて、ぽつりと言った。 「……やっぱり、一人でしりとりしても、つまんないな」  小さな肩を落とし、グスッと鼻をすする君。  僕は夢から醒めたような気持ちになった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加