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太陽の光が大地に届いていた時代から、蛍は人々から愛されていたらしい。でも、その時代の蛍は、私が知っている蛍ではなくて、虫だったそうだ。緑色の光を放つ虫が、夏の夜、川辺で美しく漂っていたんだって。私の家にある本に、そう書いてある。
想像も出来なかった。私は虫が苦手だから。蛍は、もっと神秘的で、私達を救ってくれるものだから。
大昔、人間は人間が想像出来得る限りの発明をしたと聞いた。遠く離れた誰かと意思疎通が出来たり、映したものを、まるで本物のような絵に現像出来たり。そして、空を飛んだり。
空には月があるけれど、あの月にさえ、辿り着けるくらいの優れた技術を持っていたんだって。
そんなもの、くだらない嘘だと思っていた。だって、おかしいじゃない。そんな魔法みたいなことが出来るくらいに賢かったのなら。あの綺麗な月を目指そうとする、その心があったのなら。
どうして人間は、世界を黒く塗りつぶしたの?
私は蛍が好き。黒い世界の中で、優しく私達を照らしてくれて、力をくれる。蛍がないと、私達は生きていけない。
いつからか、私と一緒に暮らしている、小さい頃に出会った、女の子。彼女は目が見えないから、自分で蛍を捕まえることが出来なかった。私は彼女の代わりに蛍を捕まえて、二人でその光を分け合った。二人で蛍を掌に包んで。お互いの指の隙間から漏れる、優しい緑色の光。その光から元気をもらって、私達は少しだけ笑うことが出来た。目の見えない彼女にも、あの光を見て欲しかった。
ある日、ちょっとしたすれ違いで、私は彼女を見失ってしまった。目が見える私が、見失った。この日ほど、自分を罵ったことはなかった。大馬鹿者の私は、彼女を死なせてしまったんだ。
私にとっての光は、蛍と彼女だけだった。彼女がいなくなったら、不思議と蛍を捕まえたいと思わなくなった。
ただ黒いだけの世界で。私はひとりぼっちで。
それでも、歩く気力があるのが不思議だった。私はもう生きたくないのに、どうしてだろう。目を閉じればいいだけなのに、足が千切れそうになるほどに歩いた。
何処かを目指していた。何かを求めていた。
そうだ。私は、会いたいんだ。
出会う度に、僅かな時を過ごして、そして失ってしまった、家族や友達。彼らには名前がなかった。自分にも、名前はない。出会ってもすぐに、どちらかが居なくなることが分かっているから、私達はいつの頃からか、名前を呼び合うことをしなくなったんだ。かつては、人それぞれに名前があったという話も、本で読んだ。その時代に生まれていたら、私はどんな名前だったんだろう。
そうだ、会いたいんだ。
誰かの名前を、呼びたいんだ。
蛍の光みたいに、すぐに消えてしまわない、名前のある誰か。
私は求めていたんだ。
呼びたいんだ。
いつまでも、変わらず傍にいてくれる誰かを。
誰か、誰か──。
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