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――近づくにつれ、鬼ヶ島がその全貌を現す。
白い砂浜と緑の丘陵、民家のような屋根も見える。奥地には突き出た山もあり、島全体を一周りするのは大人の足でも一日では無理だろう。
「あれ、ご主人、ここってこんな感じだったっけ?」
「いや、随分と印象が変わったらしい」
桃太郎たちが最後に上陸したときには、荒れた大地が広がっていたし、雰囲気も殺伐としていた。
島の入り口にあたる浜の上空に着くと、こちらに向かって手をふる人影があった。赤い顔に角を生やしている。紛うことなき鬼である。
「あら、お出迎え。私たちが来ることはお見通しね」
「……あんだけ派手に霧ぶっ飛ばしゃ気付くだろーよ」
「なあに猿? 一足先に降ろそうか?」
「いやなんでもねーっすよ、へへへ……」
「ひとまず、敵対的に見えない、ってのは幸いだな」
「でもご主人、油断しちゃ駄目だよ」
「分かってる。俺が会話をする間、よく『色』を見ておけ」
「りょかい」
キサラはゆっくりと旋回しながら高度を下げ、浜に着陸した。
背から飛び降りた桃太郎に向かって、出迎えた鬼が手を降りながら近づく。
「そうかなとは思いましたが、やはり桃太郎殿でしたか」
鬼らしいドスの効いた低音ではあるが、その語り口は丁寧だ。およそ鬼の口から発せられているとは考えにくい。服装にしても、以前桃太郎たちが見たときには腰蓑一枚という装いであったが、今は上下とも衣を纏っている。
「急に押し掛けてすまない。いかにも俺が桃太郎だ。ここへ来るのは百年ぶりになる」
「そのような年月が経ちましたか。早いものですな。当時桃太郎殿と対峙した鬼も、今、この島には私しか残っておりませんよ」
「お前……俺と戦ったのか?」
「はい。正確には戦ったのは、そちらのお犬殿ですかな。私はすぐに目をやられて戦列から退きましたので、そのおかげで命が助かったという訳です」
「え、僕が? ごめんなさい、全然覚えてないや!」
「いえいえ。そういうものでしょう、戦というのは。それに、あのまま戦場にいれば、私も桃太郎殿の太刀で真っ二つだったでしょうから、今は感謝すらしておりますよ」
「うわあ……『本音の色』してるよ」
驚嘆の面持ちで漏らしたヤイバを見て、桃太郎はどこか安堵したように微笑んだ。
「改めて。俺が桃太郎、この犬がヤイバ、そっちの雉がキサラ、こっちの猿がショウマだ。百年前、ここを訪れた四名だ」
「はいご丁寧にどうも。私は鬼ヶ島国で代表をさせて頂いています。赤鬼のザゴウと申します」
「ザゴウ……殿。何というか、随分と……その、鬼らしくないな?」
ザゴウは照れくさそうに後頭部を掻きながら答える。
「いやいや、なんともお恥ずかしい。昔を、黒歴史を知る方々にお会いするのは。今やこの国の鬼たちは皆、このような対応ですよ」
「国、と言ったな。ここは島ではなく、国になったのか?」
「はい。手前勝手ながら、ルールや秩序というものを、この地に根ざしたのです。そこで一枚岩となるには『国』というコミューンが必要だと考えました」
ショウマは腕組みしながら首を傾げる。その態度にキサラでさえも同調した。
「……コイツら、本当に鬼かよ?」
「私たちの知る、鬼じゃないことは確かね」
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