余命宣告

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余命宣告

 (よわい)47歳9ヶ月にして、余命宣告を受けた。 「あと10年って……嘘ですよね、先生?」  ワタシは、身体の震えを感じつつ、縋るような思いで担当医を見詰めた。 「いえ、残念ながら。正確には、あと約11年と3ヶ月といったところでしょうな」  ワタシの検査結果を眺めながら、医師は淡々と恐ろしい未来を告げる。 「そんな! なんとか助けてください、お願いします!」 「いやぁ……ここまで進行してしまったら、もう回復は難しいですな。アナタも、自覚症状があるでしょう?」  確かに……しばらく微熱が続いていた。おかしいと思っていたけれど、その熱は引かず、むしろ徐々に上昇して、今では尋常ならぬ高熱に苦しんでいる。  身体中あちこち痛むし、悪寒も止まらない。しかも、忘れていた古傷からいつの間にか出血していたりする。 「せめて熱が下がれば、まだ望みはあるんだが……」  机の正面の壁に視線を向けて、医師は独りごちる。そこには白く発光するディスプレイ(シャウカステン)があり、何枚もの画像が照らし出されていた。 「先生、この熱の原因はなんなんですか?」 「今のアナタの身体は、熱を放出することが出来ない状態です。身体の中にこもってしまい、どんどん高熱になっています。アナタの身体をこんな状態にした原因のひとつは、これです」  医師が示した画像には、ワタシの下腹部が写っており、えぐり取られたような傷口がパックリ開いている。 「な、なんなんですか、これ……っ!」 「気づきませんでしたか? この傷口から有害物質が体内に侵入しています。アナタの不調の一因になっていることは間違いないでしょう」  ワタシは思わず下腹部に手を伸ばし、あり得ない窪みに触れて慌てて手を引いた。 「この傷、塞ぐことは出来ないんですか?!」 「残念ながら。ここまで大きいと」  医師の返答は早かった。絶望感が胸に広がる。芝居でもいいから、多少逡巡してくれたらいいのに。 「先生、なんとか……助けてください!」  眉間にシワを寄せると、医師は小さく横に首を振った。 「現時点では、対症療法しかありません」 「対症療法……?」 「ええ。表面化している症状の緩和を目的とした治療です。根本的な治療ではありませんが、苦痛は和らぐかと」  場当たり的に苦痛を和らげるだけ。そうしてユルユルと死に向かうしかないのか――。 「先生、根本的な治療は出来ないんですか?!」  丸椅子から身を乗り出して、縋り付く。医師は固く唇を引き結んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「アナタの身体は、HSという非常に特殊な病原体に蝕まれています」 「び、病原体?! それが原因なんですか?」 「ええ。短期間に恐ろしい勢いで増殖し、優れた適応力でどんどん変異を遂げる、極めて厄介な相手です。推定するに、アナタの身体には、この病原体が既に80億を超えて蔓延っています」 「そんな……なんとか駆逐出来ないんですか」  ワタシの頭の中は、まだ現実を受け止めきれずグルグルと回っている。 「通常の治療では、もう打つ手はありません。しかしながら――」  まるでこの展開を予期していたかのように、医師は徐にキーボードを叩き、ワタシにも見えるようにディスプレイをこちらに向けた。ラベルの付いた茶色い瓶の画像と説明文が表示されている。 「まだ不認可ですが、最近開発された抗生剤の一種です」  ポン、とキーを押すと、アニメーションが始まった。画面左側に薬瓶、右側に楕円形の物体が現れる。薬瓶からは突起の付いた六角形の物質が幾つか飛び出し、楕円形に突起を刺した。しっかり太かった楕円形の輪郭線が途切れ途切れの点線に変わり、やがて楕円形全体が霧散した。 「この薬は、ターゲットの病原体に取りついて細胞を徹底的に破壊します。HSにも一定の効果が認められていますが、なにせHSは適応力に優れています。恐らく、すぐに変異して効果は落ちるでしょう。ですから、経過観察しながら、繰り返し投与する必要があります。アナタの身体にも負担がかかりますし……病原体の思わぬ反撃があるかもしれません」 「構いません! 先生、お願いします!!」  認可の有無など関係ない。副作用のリスクがあったって、助かる一縷の望みがあるのなら、選択しないはずがない。 「分かりました。それでは、早速治療を始めましょう。入院の手続きをしますから、こちらに――」  促されるまま、数枚の誓約書に記入した。その中には、先ほどの抗生剤の使用に関する同意書も含まれていた。
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