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迎えの馬車と騎士団長。
瞬く間に時は過ぎ、アニスが嫁ぐ日がやってきた。
淡い紫色のドレスを身に纏い、いつもより何時間もかけて髪や肌の手入れをしたアニスは美しかった。
だが、それでもキャロラインの華やかな美しさにはかなわなかった。
荷はすでにグラント家に送ってある。
女親としての責務を無事に果たし、母親は満足げな様子であった。
「グラント家より、迎えの馬車が参りました」
執事が告げると、アニスは立ち上がって両親に頭を下げた。
「今までありがとうございました」
最後の見送りに、と玄関ホールの入り口まで出てきた母親は、門の外に止まる馬車を見て眉をひそめた。
頑丈そうな、黒塗りの四頭立ての馬車。
馬も艶々としてはいるが、黒い毛並みである。
貴族の娘が嫁ぐさいの迎えの馬車は、白地に金や銀の華やかな飾りをつけたものが一般的だ。
馬も、白いものが好まれる。
「なにあれ、お姉様がおかわいそう!」
キャロラインが憤慨したように言う。
「あれは、黒獅子騎士団が護衛対象者を乗せる特別な馬車なんですよ」
兄がそう言って、母親とキャロラインをなだめている。
「なら、私は絶対に騎士なんかとは結婚しないわ」
馬車の隣には、やはり黒い馬に跨がった男性がいた。
馬から降りた背の高い男性が、こちらに向かって歩いてくる。
黒に銀の房飾りのついた軍の制服を纏い、腰には剣を下げている。
アニスの前に立つと、彼はすっと一礼をした。
「フィリックス=グラントが、我が妻となるアニス=カテドラルを迎えに参りました」
大柄なのにまるで圧迫感を感じさせないのは、その明るい茶色の瞳に人懐っこい表情が浮かんでいるせいだろうか。
「アニス=カテドラルは、今よりあなたの妻となり、名をアニス=グラントと改めます」
アニスの言葉は、互いが婚姻が成立した事を認めた、という時に告げるものである。
それを聞き、フィリックスは顔をくしゃりとして笑った。
笑うと、目元にしわが出来る。
フィリックスの手を取り、アニスはカテドラルの家を出た。
振り向いてはいけない。
嫁入りの時に生家を振り返るのは、不吉な事だからだ。
(大きな手……)
フィリックスの手は、大きくて温かかった。
父や兄の白い手とは違い、日に焼けてごつごつしている。
今、この時よりこの人の妻になるのだ。
誰からも愛される妹ではなく、アニスを、と強く望んでくれたこの人の。
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(この人のために、精一杯尽くそう)
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