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夫と妻。
カテドラル伯爵家の屋敷と比べ、フィリックスの屋敷はいっそ何か思惑でもあるのではないかと思わせるほどの簡素さであった。
「その、若い女性にはあれかもしれないな」
グラント家は代々騎士の家系ゆえ、そちらの方には疎くて、とフィリックスは困ったように頭をかいた。
「アニス、君の好きなように飾り付けてくれてかまわない。必要な物があれば、俺、いや、私か執事に言ってくれれば揃える」
慌てて言い直すフィリックスに、アニスは小さく微笑んだ。
「いつも通りで、かまいませんよ」
「すまない。助かる」
「私は何とお呼びすれば?」
アニスの言葉に、フィリックスが顔を綻ばせる。
「ぜひ、フィルと」
「はい、分かりました。フィル」
アニスが呼び掛けると、フィリックスは顔をくしゃりとして笑った。
笑った時に出来る目元のしわが、とても好きだとアニスは思った。
(嫌だわ、私ったら……。お話するのも、今日が初めてだというのに)
貴族の婚姻は、基本家同士の繋がりのための政略結婚である。
兄の婚約者も家格の釣り合う家の令嬢だ。
幼い頃から決められた婚約者であっても、式当日まで相手の顔を知らない事も少なくない。
自分を妻に、と強く望んでくれた相手を好ましいと思える事は、とても幸せな事なのだろう。
「伯爵家と比べると、使用人の数もあまり多くない。あとで紹介しよう」
「はい」
これからは、アニスがグラント家の女主人として取り仕切らなければいけない。
フィリックスの両親は、同じく騎士であった父親の怪我を期に一線を退いている。
何代か前に立てた手柄に対し、騎士としては破格の広大な領地を当時の国王陛下より賜っている。
今は、そちらの方で療養がてらのんびりと暮らしているという話であった。
「大事な事を言っておこう」
フィリックスはアニスの手を取り、穏やかに微笑んだ。
「今後、何があろうとも、何からでも、必ず君を守ると誓おう」
「フィル……」
瞳を潤ませながら、アニスはフィリックスを見上げた。
そんなアニスに向かって、フィリックスはこう告げたのだった。
「そして、君に妻の役割を求める事はしない」
「え……」
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