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目、らしきところがしばたく。いつのまにか眠ってしまっていたらしい。最近、いつのまにか寝て、起きてを繰り返しすぎて、どこが夢で、どこが現実なのかわからない。
水槽のガラスを隔てた向こう側から、アキくんの話し声がする。だれかと通話をしているらしい。夢で聞いたぎゃはは、が、現実でも聞こえる。
だれと話してるの。なにをそんな、楽しそうに。わたし、わたしがこんなときに。
ふつふつと怒りがこみ上げる。いいよね。アキくんは。人間だもの。強い、人間のほうだもの。わたしの気持ちなんて、きっと一生わからない。
ひとを責めるのだけは一丁前なんだ。
こういうところか。父の言葉が腑に落ちる。
お母さん、どうしてお父さんと結婚したんだろう。わたしは、どうしてアキくんと結婚したんだっけ。ふと、そんなふうに考える。
鼻から下が魚みたいな輪郭をしているひとが、わたしは苦手だった。小学生のとき、いじめっ子にそういう顔の女の子がいて、軽くトラウマになったからだ。
アキくんも、そのタイプの顔だった。だから、ほんとうなら惹かれない。
どうしてだっけ。どうしてだっけ。そんなどうでもいいことが、いやに気になる。もっと考えなきゃいけないこと、山ほどあるのに。
水中から見るアキくんの笑顔は、歪んでいる。たぶん、いまのわたしのこころとおなじ。だいじな人が笑っているのを見て腹が立つなんて、どうかしてる。
今度はじぶんに腹が立ってきて、思いきって、頭、らしきところを水槽に打ちつける。わたし、わたしの大馬鹿やろう、って。
だけど、柔っこいこの体は、ふよん、と、ほんの少し形を変えただけ。衝撃なんていっこもない。
ふと、思う。わたし、死にたくなったらどうしたらいいんだろう。じぶんの意思で、死ぬこともできないのか。そう考えたら、なんでかドキドキしてきた。べつに死にたいわけじゃないのに。がんばれないときは、死ぬこともがんばれない。
チャンスは残り一回です。ドキドキしてその言葉を待っていたけれど、医師はとうとう、そういわなかった。
かわりに、アキくんに書類のような、パンフレットのようなものを見せながら、なにかを説明している。アキくんの表情は見えない。
診察室を出るまで、ついに医師は、わたしのほうを見なかった。
「さっきのパンフレットみたいなの、なんだった?」
「なんか、薬代とか。そういうの」
「保険適用外になったあとの?」
「うん」
「やっぱり高い?」
「んー、思ったほどじゃない」
「アキくん」
「ん」
「大丈夫?」
「ん。大丈夫」
大丈夫って訊かれたら、大丈夫ってしか答えられないって、だれかがいってた。
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