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ーーー帰り際。「もう一度ちゃんと顔を見せておくれ」と祖母に言われて、照れくささを隠しながらも頬を撫でる祖母の優しい手のひらに、いつかの母の手の温もりを思い出した俺は、コンバインの隣で村を見下ろす父の隣に並び立った。
「あ、もしかしてここ?」
「ああ。ここでみんなで花火をみたんだ」
木々もなく開けたこの風景に打ち上がる花火はさぞ美しいだろう。
目を閉じて想像してみる。
すると不思議な事が起きた。
鼻腔を擽る火薬の匂いと、遠くで響く破裂音。色とりどりの大輪の中、単色で異彩を放つたんぽぽ花火。
その情景が、今まさに目の前で繰り広げられているかのように映像となって流れ込んでくる。
両隣には父と母。少し離れた以後に祖父母の姿も見える。
ああこれは俺の記憶。忘れていた。忘れようとしていた幸せの記憶。
10数年越しに受け取った母からのプレゼント。
目を開いて手元の写真に視線を移す。
相変わらずボヤけていて要領を得ない写真だけど、今ならはっきりと捉える事が出来る気がする。
「それにしても。これ撮ったのお父さんでしょ?手ぶれ酷すぎだよ」
場を和ませるためのその一言だった。でも、父の返答は意外なものだった。
「見惚れていたんだよ」
「見惚れていた?」
「うん。お母さんにね。儚げに見上げるその横顔が何よりも美しくてね。ついつい見惚れてしまって、たんぽぽの花火が上がるタイミングを逃してしまって、急いで構えたらこうなってしまったんだ」
口下手な父のそんな素直な理由に思わず頬が緩んでしまう。
俺は父に真似たように遠くの空を眺める。
そこへ夏の涼風が俺らを包むようにして吹き込んでくる。
その中に微かに火薬の匂いと、頬を優しく撫でた温かみを感じた。
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