大発明

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 鹿野は慌てて白衣を身にまとい、救急外来へと足早に向かう。外来の自動ドアが開いた先には、首をかきむしりながらもがいている患者の姿があった。 「いったいどういうことだ?」  鹿野は処置にあたっている看護師に尋ねた。 「それが、私にも分からないんです。本人に聞いても、バカに効く薬を3回くらいに分けて1本飲んだだけだって……」 「なんだって?」  鹿野は飛び上がって驚いた。 「フールキラーXはバカに薬ではあるが、あくまでバカに薬だ。薬ではないぞ!」  そう。鹿野が開発したのはバカにつける薬、つまり「外用薬」だったのだ。決して飲んでいい薬ではない。しかも1回10m L程度の原液をガーゼに染み込ませて頸部、頭部にそれぞれ1日1回塗るのが適切な用法だ。飲むことなど想定の範囲外だし、ましてや服用した分量が多すぎる。 「なんでこんな真似を……」 「だって、1回に…………まとめた……ほうが…………たくさん…………効くんじゃないかって。それに。パイナップルジュースみたいな色で……美味しそうだったから」  患者がそう答えた。看護師は苦しみながら答える患者の体を横に向けて背中をさすり、薬剤を吐き出させようと懸命に処置をしている。 「なんてことだ」  鹿野は天を仰いだ。  鹿野の指示の下、治験は適正に行われていた。1日に1回、看護師が決まった時間に訪れて、決まった手順で塗る。この手順が厳密に守られていた。  適正な分量を、適正な用法で使う。この大原則を守れば、安心でかつ大きな効果がある薬だ。しかしこの病気は厄介だ。人の話を聞かない、説明書も読まない、早合点して確認をせず衝動的な行動をする。服用する者に「バカ」の本質が凝縮されてしまったとき、偉大なおくすりは劇薬に変わり、そして毒薬に変わる。絶対に間違いを起こさないない道具が仮にあったとしても、使う側の人間が間違えたら元も子もない。  鹿野の描いた未来が、鹿野の望んだ栄光が、そして数十年にわたって積み重ねた研究の日々がガラガラと音を立てていく。 「やっぱり、バカにつける薬の実用化なんて、無理な話なんだな」  鹿野はため息混じりにそう呟き、膝から崩れ落ちた。   【終】
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