こうして私は地獄に行った。

1/1
前へ
/1ページ
次へ
休みの無い人生を生きた僕はある日唐突に過労死してしまった。 このまま現世に留まる理由はないので、死神に誘導されるままに彼の世に向かったのだが、彼の話を聞くに現在、死後の世界は選択制らしい。 「選択制って、天国か地獄か選ぶんですか?」 「ええ、そのようになります。何方を選びますか?」 「そりゃあ、出来たら天国が良いですけど」 「やはり、皆さんそう言います」 「僕のように、特に何も良いことをしてない人間が、天国に行けるんですか?」 「大丈夫ですよ、現代は極悪人でも天国に行くことのできる時代です。まぁ、いくつかの制約はあるんですけどね」 極悪人でも天国にとは、なんとも情けないような恐ろしいような話に思えるが、死神に聞くと極悪人が天国に行く為には「みそぎ」が必要らしい。 「禊って、罪を清めるあの?」 「ええ。文字が違うんですけどね。本来は身削ぎです」 「なんだか怖い文字ですね……も、もしかして犯罪を起こさせないように、手足を切り落とすとか……?」 「そんな恐ろしいことはしませんよ。魂を削ぐんです」 「魂を?」 私の鎌は実のところその為に使われるんですよ、と死神は言った。そこに、私の後に死んだのだろう、少し乱暴な口調の若者が口を出してきた。 「おい、死にぞこない、早くしろよ! 俺は天国に行くんだからよ!」 「あ、丁度良いところに。では、貴方には身削ぎをさせて頂きます」 死神の鎌が若者の腰辺りに引っ掛けられ、そのまま若者を切り分けた、かに思った。恐ろしさに目を瞑り、それからおずおずと目を開いてみると、若者は少年の姿に変わっていた。 「死神さん、これで僕、天国に行けるの?」 「ええ、行けますよ。貴方は罪を犯そうと考える前の、清い状態になりましたから。それでは、行ってらっしゃい」 「ありがとう、死神さん! あ、おじちゃん。さっきは酷いこと言ってごめんね!」 少年は私と死神に手を振り、案内役なのだろう天使に手を引かれて天国に行った。私はそんな少年の姿を見送りながら、また死神に話しかける。 「驚いた。身削ぎとはこういうことだったんですね」 「ええ。罪を犯そうと考える前の状態まで戻すと、大概幼い自分に戻るんですよ。たまに幼い頃からいじめなどに手を出す人間もいますが、そういう子は受精卵まで戻して、天国に住まわれる方々のお腹の中で育てて頂くんです」 「でも、そうなると。天国って子供ばかりになりません?」 私の問いに、死神は少し考えて「ええ」と言った。私が想像した通り、天国には子供がたくさんいて、天使たちは日々その世話に追われているらしい。 「それじゃあ、私は天国に行かない方が良さそうですね」 「おや、天国に行かないのですか?」 「私は子供が苦手ですし、だからと言って子供達と仲良くできる年齢まで身削ぎをしてもらうのは、天使の方々にご迷惑をかけるので申しわけないし」 「貴方のような考え方が出来る人なら、そのまま天国へお通しも出来るんですけれどね。まぁ、地獄もそう悪いところではないので」 「そうなんですか?」 「本当に悪い人で、自分から地獄へ向かう人って、そうそういませんからね」 ではどうぞ、と、死神は私の手を取って地獄まで案内してくれた。私はその日から、地獄の中で暮らしている。 結論から言うと、地獄は私にとってとても居心地のいい場所であった。 現世で特に罪を犯さなかった私には、地獄でのきついお仕置きはなく、現世で暮らしていたのと同じような生活が用意されていた。同じような区域に住む人たちは、皆が私と同じように人づきあいが苦手で控えめな人たちが多く、顔を合わせればはにかんで挨拶をする程度の仲だ。 現世にいた頃と変わったことと言えば、私の健康を阻害していたような仕事がなくなったことと、自分の人生へスリルを求めるようになったことだ。 この前は罪人の気持ちを味わってみようかと、地獄の鬼の方々に頼んで血の池地獄に入らせてもらったことがある。くつくつと煮立った血の池に、私は思い切って裸で飛び込んだ。 静かな地獄の地で、血の池地獄はやや熱め。空はいつでも花曇りで、周りの鬼の方々は私がのぼせないように声をかけてくれている。 「ああ、地獄に来てよかった」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加