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違和感
火事でアサイが家族と共に亡くなったと同級生から学校で聞いたアマニは、ショックで固まり、やがて感情が暴走したのか、涙がとめどなく溢れ流れ出た。
ホームルームで、担任が「火事で朝居糀君が亡くなりました。黙禱しましょう」と話していた間も涙が止まらない。
休み時間になっても「ニブが死んで……、アサイまで死んだ……」と、ひたすら嘆いているアマニをキヌアが慰める。
「アマニ、しっかりして」
「キヌア……。私、怖い……。皆、死んじゃう……」
「大丈夫、アマニには私が付いている」
「キヌア……」
生前のアサイから聞いていたキヌアの黒い噂。それを思い返しても、目の前の優しい表情で気遣ってくれるキヌアを見てしまうと、とても信じられない。
あれは、全てアサイの妄言だったと思いたい。
「キヌアに訊きたいことがあるの」
「何?」
「全部キヌアだったの?」
「……」
初めてキヌアの表情に動揺が浮かんだが、それはすぐにぶ厚い仮面の下に隠され、薄い笑みを浮かべた。
「何の話?」
「ニブの家に行った時、本当は会っていたの?」
「……」
キヌアの口元から笑みが消える。
「笛野スピアさんが溺れた時、近くにいた?」
「……」
キヌアの瞳の奥の色が変わった気がした。しかし、それも一瞬だった。
「私は笛野さんと同じ班で彼女の前を泳いでいた。キヌアは、私たちの次の班だったから、笛野さんの後ろを泳いでいたでしょ? 何か見ていないの?」
キヌアの瞳は光を失い、顔全体から感情が消えた。中国の変面のように、それが一瞬で起こった。
「私を疑っているの?」
性急に問い詰めて彼女を怒らせてしまったかと、アマニは恐ろしくなって手が震えた。
「深い意味はないの。前を泳いでいた私に何も見えていなかったから、もしかして、キヌアには何か見ていなかったのかなと思っただけ」
「自分は関係ないって顔をするのね」
キヌアの言葉にアマニはハッとした。
自分だって、前を泳いでいただけで、何か知っていないのか、何かしたんじゃないかと疑われたらいい気はしない。自分とキヌアは同じなのだ。
「キヌアの気持ちも考えないで、疑うようなことを言ってごめんなさい」
キヌアは、気が済んだ顔になった。
「泳ぐのに夢中で、誰がどこで泳いでいるかなんて気にしていなかったから、何も分からないわ」
質問された時のために用意していたような、通り一遍の答えが返ってくる。
「あの時、私たち二人で彼女を挟んでいた状況だから。そのことを忘れないで」
「え、ええ……。その通りね」
キヌアは満足そうにニコッと笑った。
「アサイのことだけど」
「お気の毒だったわね。この高校で初めて仲良くできた男子だったのに、こんなことになるなんて悲しいわ。彼はいい人だった」
そんなことを口にしても、陶器のような美しい顔は一切揺るがない。全く悲しんでいないとアマニは思った。
「昨日の夜だけど……、キヌアは……」
「え?」
「あ、何でもない」
家にいたのかと聞こうとしたがやめた。
深夜の出火。キヌアの家は遠い。火を付けにアサイの家まで深夜に一人で行けるかと考えると無理な気がして、さすがに彼女の犯行とは思えない。
しかし、キヌアの方からその話題に触れてきた。
「もしかしたら、アサイが放火したんじゃないの?」
「どうして?」
「ニブや笛野スピアのことで、随分思い悩んでいたみたいだったから。自暴自棄になって、家族を巻き込んで死のうと自分でバスルームに放火したんじゃない?」
「……」
担任から出火の原因についての説明はなかった。しかし、アマニは、アサイの近所にすむ生徒から、バスルームが一番燃えていたことを朝一番に聞いて知っていた。
それは、キヌアが登校する前のことだった。だからキヌアが聞いているはずがないのだ。教室に入ってからは、誰も出火元について話していない。
もし、放火と考えたとしても、火の気のないバスルームを最初に想像しないだろう。
アマニは、アサイがずっと抱いていたキヌアへの違和感を、今しっかり自分のものとなった気がした。まるで、アサイの魂が自分の中に入ってきたかのような感じだ。
全身が震える。
「アマニは私を疑っているんだね」
「そんなつもりじゃ……」
「じゃ、何?」
「私とニブは親友だった。彼女の死の真実を知りたいだけ」
「そう、親友だったんだ……」
キヌアは、寂しそうにどこかを見て何か考えている。そして、アマニの方へ顔を戻した。
「分かった。アマニには知って欲しいから、全部話す」
急に言っていることが変わった。
「いいの?」
「でも、ここでは人がいて話せない。放課後、屋上に来て。そこで話すから」
「約束だよ」
「約束する。そっちこそ、逃げないでね」
キヌアの言葉が不穏な空気を呼び寄せる。
罠かもしれないが、キヌアが真実を話してくれるチャンスだ。どんな危険が待っていても行かなければならない。
アマニは、震える体を無理やり抑え込んで我慢した。
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