プロローグ

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「ところで、さっき誰かと連絡でも取り合っていた?」 「ちょっとね。もう終わった」  ニブは、スマホをポケットに仕舞った。  キッチンから持ってきたコップにジュースを注ぐ。  キヌアは、ジュースを前に、ダンスパーティーのことを話し出した。 「試験が終わると、ダンスパーティーだね。ニブにはいち早く素敵なパートナーが現れて羨ましいわ」  ダンスパーティーは、二人が通う高校の伝統イベントで、生徒がペアになって社交ダンスを踊るのだが、誰と誰がペアになるかが毎年話題の中心であった。  男子から女子に申し込んでもいいし、逆でもいい。  成功すれば万々歳。失敗すれば赤っ恥だが、仲間に慰められて立ち直ることも、また青春の1頁である。  誰もが好きな相手と結ばれることを願っているが、人気者はライバルが多い。  選ばれるための過度なアピール合戦の末、夢破れて落ち込むもの。ペア成立の裏で泣いているもの。  様々な悲喜こもごもが、ダンスパーティー当日まで学校内の至る所で繰り広げられる。  今年の注目株は、朝居(こうじ)だった。  スポーツ万能、トップ成績での入学。爽やかなイケメン。入学当初から全校生徒の注目を集めた彼が誰を選ぶのか。当然のように、話題の中心となっていた。  その彼がニブを選んだ時、クラス中どころか学校中が大揺れに揺れた。  それというのも、一番あり得ないと思われていたからだ。  ニブも憧れの朝居に申し込まれて嬉しかったが、自分が選ばれるとは全く思っていなかった。  存在感がなく、何かに秀でていたわけでもなく、そんな子いたの? という感じで、ニブが選ばれたと聞いて、興味本位でわざわざ教室まで顔を見に来る生徒もいた。  ニブを見ると大方が微妙な顔になり、コソコソと仲間内で陰口を囁き合って去っていくのが常であった。  それを知っていたニブは、即答せずに返事を保留とした。それが生意気だと反感を買い、かなりの嫌がらせをされて精神的にすっかり参ってしまった。  断っても受け入れても、何か言われるのだろう。 「まさか朝居君に選ばれるなんて思いもしなかった」 「そんなこと言って、本当は何かあったんじゃないの?」 「ないわよ。だって、ランキングも最下位だったでしょ」  ニブには、最初から逆風が吹いていた。  クラスの裏アカウントで、誰が作ったか分からない『アサイ君のダンスパートナーに相応しい人ランキング』なるアンケートが出回り、投票を募っていた。  その結果もグループ内でシェアされていた。  一位 鬼怒川亜衣  二位 甘利仁香(にか)  三位以下、女子全員の順位がついていて、ニブは得票数0の最下位だった。  順位については、ニブは何とも思っていない。  キヌアはミステリアスな美女。甘利仁香ことアマニは、昔からの大親友。そして、キヌアに負けぬ劣らぬ美少女である。当然の結果と捉えた 「これからは、ニブが主役だから」 「主役って?」 「朝居君のパートナーに選ばれたってことは、高校で目立つ存在になるってことよ。つまり、ヒエラルキーのトップに入ったってこと」 「そんなこと、嬉しくない。それに、ダンスパーティーが終われば皆忘れるから」 「そんなことない!」  何が癇に障ったのか、キヌアが急に苛立った。  キヌアは、突然怒り出す。しかも、きっかけが分からない。ニブは、そこが苦手であった。  アマニに対しては、キヌアも一目置いているようでそうでもなかったが、ニブにはキツイ面を見せてくる。  キヌアは、遠い中学から一人だけ進学してきて、入学当初は友達が一人もいなかった。  それでは高校生活が寂しいだろうと、優しいアマニが進んで友人となった。それで自然と、ニブとも行動を共にするようになった。  自分たちがアマニ、ニブと呼び合っているのを知り、自分のこともキヌアと呼んでほしいと割り込んできて、表向きは仲良し三人組となった。しかし、その裏にあるものを、アマニは分かっていない。  多分、自分のことを小馬鹿にして見下しているのだろうと、ニブはいつも引け目を感じていた。  だから、手土産を持って一人で家まで来たことに驚いたのである。来るならアマニを誘うはずである。 「アマニも誘えば良かったのに」 「誘ったわよ」 「え?」 「今日は忙しいって断られた」 「そうだったんだ」  ニブは、そういうこともあるだろうと、キヌアの言葉をそのまま信じた。  親友同士と言っても、相手のことを知り尽くしているわけではない。日常行動まで把握していては、まるで監視。縛り合わないでも親友でいられる自信がある。
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