プロローグ

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「で、結局引き受けるの?」  キヌアの興味は、朝居糀のことから離れない。  ニブは、あのアンケートをキヌアが作ったんじゃないかと疑っていた。目的は、朝居糀へのアピールだ。  ところがそれは意味をなさず、一位なのに選ばれなかったことで、クラスメイトたちからピエロのような扱いをされていた。  キヌアは気が強いので平気な振りを通していたが、内心では腸が煮えくり返っていたんじゃないだろうか。  だからこうして聞いてくるのだ。 「……」 「もう返事した?」 「それは……」 「引き受ければいいのよ。そうすれば、もう誰からも苛められなくなる」 「……」  ニブの目がトロンとして、体が大きく揺れ出した。 「どうかした?」 「あ……れ……?」 「眠いの?」 「変だなあ。さっきまでそんなことなかったのに……」  頭がグラグラ揺れて、目が半開きになった。そんなニブを見ていたキヌアの目が邪眼になる。 「ニブ、大丈夫?」 「……」  もう返事は聴こえてこない。  後ろに倒れそうになったニブの上半身をキヌアが素早く抑えた。そのまま前傾姿勢にする。  キヌアは、自分のリュックからビニール紐を取り出した。それをニブの首に何重にも巻き付けると、輪を作ってドアノブに引っ掛けて、滑車の原理で力一杯引っ張った。  ニブの体が後ろに倒れて引きずられるまで続けた。  次に、持ってきたコンビニ袋を頭から被せて、手提げ部分を首元で固く縛って少しだけ隙間を作った。ニブには、弱弱しいがまだ息があったので、呼吸に合わせてコンビニ袋の表面がわずかに上下している。それを目視すると、飲みかけのジュースの横に錠剤を取り出した小さなパッケージを置いた。  完全な自殺現場が出来上がった。  自分のコップをハンカチで包んで持ち出す。  ドアノブには、ニブと繋がったビニール紐が括りつけられている。それが抜け落ちないよう、慎重にドアを動かして外から閉める。  キッチンでコップを軽くすすいで置き場に戻した。これで誰も使われたことに気付かないだろう。  外に逃げたキヌアは、体の中を熱いものが駆け巡る感覚を心地よく味わった。  自分が特別な人間に思えた。  こみ上げる興奮を抑えつつ、駅近くのニブの母親が経営するカフェに入ると、何食わぬ顔でアイスコーヒーを注文した。 「こんにちは。おばさん、お姉さん」 「あら、こんにちは。ニブは家にいるわよ」 「これから行くつもりです」 「あら、そうだったの。じゃあ、アイスコーヒーを御馳走するわ」 「ありがとうございます。これを飲んだら、行って来ます」  姉が出したアイスコーヒーをにこやかに飲んだ。  ニブは、丁度今頃絶命しているだろう。死んだ時間に自分はカフェにいる。  この後、もう一度家まで行って、そのまま引き返す予定だ。何度も往復するのはきついが、完璧なアリバイ工作のためだ。  飲み終わったキヌアは、「ごちそうさまでした」と、声を掛けると汗だくになるのを覚悟して店を出た。
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