レンズの向こう

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「さっちんの弟、イケメンじゃん」  帰り道、お姉ちゃんは私にそんなことをいきなり言ってきたものだから、私は「え?」と目を丸くした。 「彼女とかいるのかな?」 「いないんじゃない? 聞いたことないし」 「じゃあ、美香、チャンスじゃん?」 「なんの?」 「彼女になっちゃいなよ!」 「えー」  私は自分が思っていた以上の大きな声を上げてしまった。すれ違ったスーツ姿の男の人が「なんだ?」とこちらを見てきた。お姉ちゃんもそんなに大きな声を返すと思っていなかったらしく、おどろいた顔で私の顔を見返す。 「そ、そんなにイヤ?」 「イヤとか、そうじゃなくて……」 「でも、仲が良さそうだったし」 「……そう見えた?」 「うん」  お姉ちゃんは深くふかーくうなずいた。 「でも、あの子、メガネない方がかっこいいと思う」  その言葉に思わず私は吹きだしてしまった。  幸也くんのお姉さんと同じこと言ってる。 「それ、幸也くんもお姉ちゃんに言われたらしいよ」 「へえ、幸也くんって言うんだ」  お姉ちゃんはニヤッと笑う。対して私は仏頂面を見せた。 「お姉ちゃん? そういう話、私、キライなの知ってるよね?」 「えー? アンタはこういう話、キライなんじゃなくて、コワいんでしょ?」 「怖い? なにが」  お姉ちゃんは鼻をフフンと鳴らしながら得意顔で言う。 「初恋は遅いほど、自覚するのが怖いのヨ」 「だからー、そういうんじゃないって……」 「ただいまぁ」 「もう、お姉ちゃん!」  いつの間にか玄関まで帰ってきていたことに気づいた私は、お姉ちゃんに投げ渡された傘と自分の傘を急いで畳むと、傘立てに乱暴に突っ込んだ。なんとかお姉ちゃんを追いかけて誤解を解こうとしたけれど、お姉ちゃんはそのまま浴室へ行ってしまった。  うやむやにされた、と私は家のろうかで地団駄を踏んだ。 「もう、ちがうんだから!」  私は仕方なく自分の部屋にもどって、勉強に戻ろうとした。  でも、お姉ちゃんの言葉と幸也くんのメガネ姿がちらついて、全然集中できなくなってしまった。
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