レンズの向こう

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「今、私、なんて言った?」  急に心臓がドキドキしてきた。教室を見回す。――誰もいない。  けれど不安でろうかに出てみた。――人の気配も、ない。  だから、だれにも聞かれていない。私以外、聞いていない。  私は安心して自分の席に戻った。けれど、落ち着かない。胸がそわそわした。 「私、今、なんて、言った?」  だんだん自分のほほが熱くなっていくのを感じた。 (幸也くんが、好き?) (好きって、言った?)  私は「暑いなあ」と、誰に言い訳するわけでもなくつぶやくと、立ち上がって教室の窓を開けて回った。 「ああ、暑い」  窓に手をかける。  今日は梅雨の間の晴天、窓ガラスから日差しが差し込む。 「ありえない、ありえない、ありえない」  私がだれかを好きになるなんて。 (これは、お姉ちゃんの言葉の呪いなんだ)  そう、幸也くんが言ったように――って、ああ、ダメだ。何を考えても彼と結び付けてしまう。  私はよろよろと自分の席に戻った。そしてうつむくと、開いた日誌が目に入った。  そこには前日分のページが目に入った。その日誌の右下すみにあるフリーコーナーは、いつからか絵しりとりが行われていた。前回の人は美術部で、見事なツバメのイラストが描かれている。 「め」  今の私にはこれしか浮かばない――と、メガネのイラストを描いた。でも、それをすぐに消した。なぜなら次の日直が幸也くんだから。これでは意図的にメガネを描いたと思われかねない。 「じゃあ、なんだろう?」  しばらく悩んでから小さな魚を描いた。メダカのつもり。 「幸也くん、分かるかな?」  私はこの絵しりとりを見たときの幸也くんの表情を思い浮かべた。 (上手い! っておどろいてくれるだろうか?) (それとも、「なにこれ?」と、うで組みして考えちゃうかな?)  あれこれと考えてから、私はついに、自分自身に降参した。  この気持ちが、なにか――私は自覚することに決めた。 (ああ、これが〈好き〉ってこんな気持ちなんだね)と。
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