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彼との出会い
ずっと雨音を聞きながら何かを考えていた。総合の授業、進路の話。
「三年生、まだ六月、でももう六月です。あなたの進路です、しっかりと考えましょう」
教壇に立つ担任が言う。将来、将来。私なりに、頭の中で思い描いてみる。
「このプリントに、今の進路希望を書いて提出すること。来週までね」
休み時間になり、教室はざわつく。だが私は、少しの間動けなかった。将来のこと。授業が終わるまで、与えられた時間で出せる答えではない、そうも思った。だけど不安が、得体のしれない何かがまとわりつくみたいに、心の中でどんどん肥大していくのを感じた。
雨はより強くなる。クラスメイトはいつも通り、仲良く過ごしている。その風景が、色のついた眼鏡で見ているみたいで、今まで見たものと違うように思えた。すごいなぁ。尊敬する。なんで私は。……あなたなんて。とまでとはいかなくても、今まで湧かなかった様々な感情が、私の心の中を取り巻いていた。自分でも、よくわからなかった。雨だからか、自分を追い込みながら考えすぎていたかもしれない。授業が終わってから世界が変わった、とまでも思ったのかもしれない。
放課後になっても、雨は降りやまない。部活はいつも室内だけどたまたまなくて、早々に帰路につく。
雨の日の街並みを見るのはもちろん初めてじゃないけれど、その日はなぜか、初めて来た街のように思えた。それは良い意味でじゃなく悪い意味で他人みたいで。私は重い足取りで自分の家へ向かう。交差点。赤信号。私は立ち止まる。
車を待つ通行人は何人かいた。なんとなく周りを見渡す。隣の方に、気になった人がいた。それが彼だった。
彼はなぜか傘をさしていなかった。近くにある、私の通う高校と別の高校の制服を着ていた。活発そうな顔つきだが、精気のないような表情をして、下を向いている。どうしたんだろう。その時はただ単純にそう思った。だけど明らかに不思議なことに気づいた。
彼にも降る雨。傘をさしていないのだからびしょ濡れのはず。だけど全くその様子がなかった。不思議に思って、さりげなく覗く。
すぐその理由が分かった。そして目を疑った。まるで彼の体がここにないかのように、雨は彼の体を貫通してそのまま地面に落ちている。水滴が体に吸い込まれているとも思ったが、水滴の動きが彼の凹凸をなぞる様子もなく、彼の表面が濡れる様子もない。
どういう原理なのか、驚く間もないまま、彼は少しして前を見る。赤信号を見たのか、なのに彼は歩こうと前に足を動かす。一歩、二歩。このまま進むつもりなのか。目の前は車が通る。それでも彼が止まる気配がない。危ない。そう思った。明らかにおかしい様子。だけど周りの人たちが反応している様子はない。
「危ないですよ!」
彼が車道に足を踏み入れようとする直前、私は言った。そして私は、彼の腕をつかもうとした。
「!?」
私の手は、彼の腕をつかむはずだった。なのに。私の手は、彼の腕を貫通した。何かを触っている感覚がない。そこにいるのに、まるで3D映像かのように、私は彼の腕をつかむことができなかった。
私の声に、彼は驚いた表情をして後ろを向く。周りの人たちは私を不審そうに見つめていた。
「ど、どういうこと?」
訳も分からず、私はただそう言う。彼もずっと驚いた表情のまま、私のことを見る。少しして、
「お、俺のこと、見えるんですか……?」
彼はそう言う。見える、その意味が私には分からなかったので、
「見えるけど……どうして?」
彼に対してそう言った。驚いた表情はそのままだったが、次第に彼は涙を流した。そして、彼の表情が見る見るうちに安堵の色に染まっていった。
「よかった。よかった……」
そう言って、彼はその場に倒れこむ。私は困惑したが、それよりも周りの視線がおかしな人を見ているかのように映ることを不思議に思った。私だけしか、彼のことを見ることができないのか。そんなことがあるのか。ていうか、彼は一体何なんだ。いろんな疑問が私の中を取り巻いた。持っていた傘が気づかず下を向くくらいに私は動転していた。濡れる体に構うことなく彼のもとに駆け寄った。
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