台覧試合

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 意識がゆっくりと現実に戻ってくる。わたしはオウリムに裸体のまま抱きしめられ、二人でベッド上にいることに改めて赤面した。  手を伸ばせば届く距離でオウリムが寝息を立てている。睫毛が長くて羨ましい。こっそりくちづけを落としてみようか。王子様、眠りから覚める時間ですよ、と。  わたしはそうっと顔を寄せ、オウリムの唇に自分の唇を重ねる。次の瞬間、オウリムの片手がわたしの後頭部を引き寄せ、重ねていた唇が力強い舌の動きで割られた。口内にさえ入ってしまえば、舌の動きはとても優しい。甘いものを吸い尽くすかのように、何度も何度も互いの舌が絡まる。わたしが「ぷは」と耐えきれずに唇を離すと、オウリムの手がそのまま髪を撫でてくれた。 「おはよう、華」 「おはようございます、オウリム様」 「寝ているところを襲うのはずるいぞ」 「起きてらっしゃったでしょう?」 「お姫様のくちづけで起きたんだ。最高の目覚めだな」  ちゅ、と唇同士が触れるだけのくちづけを落とし、オウリムが笑う。わたしも笑みを浮かべ、小さな声でくすくすと笑った。 「……体はなんともない?」 「はい。心配してくださってありがとうございます、オウリム様」 「何かあればすぐに言うんだぞ。華はすぐに我慢するからな」 「はい」  わたしはオウリムと笑いあいながら、記憶を失う瞬間のことを思い出していた。小さな花音がてててっとわたしに駆け寄り、泡に包まれた小さな花を飲み込ませたのだ。「これで──ができるよ。おおきなかのん」と言い残して。  不可思議な行動にも思えたが、なにせオウリムに自分の全てを捧げた後のことだ。記憶の一つや二つ、曖昧なことがあってもおかしくはない。  わたしは黙っていることに決め、寝巻きを羽織るオウリムから慌てて目をそらす。見慣れないものは見慣れないんです、ごめんなさいと言い訳しながら、自分の寝巻きを急いで羽織る。 「俺は風呂に行くけれど、華はどうする? もう少し寝ておくか?」 「わたしもお風呂にいきたいです!」 「決まりだな。湯上りに風邪ひかないように」  わたしは「はい!」と元気よく返事をし、入浴の準備を進めようとするオウリムに(なら)った。 ***  入浴から戻ってきたオウリムがまず最初にしたことは、丸テーブルに積みに積んだ資料の類をかたづけることだった。代車に積んでいた資料も別の場所へ運んでしまうと、部屋は大分広く見え、空気もどこかしら澄んでいるように感じた。  わたしは点々と赤い染みがついたベッドシーツを剥がし、新しいベッドシーツに変える。汚れたベッドシーツを洗おうとすると、オウリムが手伝ってくれた。シーツなどの大きなものは東の離宮の裏手に干すらしい。一緒に一作業を終え、わたしはオウリムと笑いあった。シーツの影で交わしたくちづけは、昨日よりも甘酸っぱい。  午後の鐘が鳴ったと同時にメイリンが東の離宮に現れ、先に待っていたケイケイがぽうっと頬を赤く染める。 「あ、あの、それで、ぼぼぼ僕はですね」 「……」 「あの時一緒に掃除させていただいて、とても楽しかったなと思いまして、それからその」 「……」 「ちちち地下牢に閉じ込められていた時、助けていただいてありがとうございました!」  丸椅子に腰を下ろしたケイケイが深々と頭を下げる。丸机を挟んで反対側の椅子に座っているメイリンは、相変わらずの無表情だ。  長椅子に腰かけて見守っているわたしのほうが緊張してしまう。固く握っている両手を、オウリムの手が優しく撫でてくれた。 「……私もお掃除が楽しいです。嬉しいお言葉、ありがとうございます」  ふふっと無感情な声で笑いながら、メイリンが頭を下げる。ケイケイとメイリンの二人が同時に頭を上げ、ケイケイは照れた様子で頭をかく。 「あ、あの、またお見かけしたら、声をかけてもよろしいですか?」 「はい。あまり大きな声でなければ」 「あ、あの、しょ、食事にお誘いしてもよろしいですか?」 「私は食事に集中したいので、お話は食べる前後になりますが、それでもよろしければ」 「おおおおお名前をおしえていただいてもよろしいでしょうか? 僕はケイケイと申します。オウリム様の部下第一号です」 「私はメイリンです」  ぽーっと音がしそうな勢いで頭から熱を噴いたケイケイが、指先をもじもじしながらメイリンの名前を何度も口中で繰り返している。メイリンはいたって無表情のまま、グラスに注がれた清涼園の水を飲んだ。 「華」 「はいっ!」  突然メイリンに名を呼ばれ、わたしは姿勢を正す。わたしを正面に据えた薄紫色の瞳が瞬きひとつもせず、東の離宮の扉を指さした。
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