末妹との別れ

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「大好きよ、六〇二」 「わたしも大好きです、おねえさま」  わたしに抱きついてくる末妹の温かさが愛しい。わたしが指腹で涙を拭ってやると、末妹は赤い目のまま微笑んだ。 「おねえさま。最後にひとつ、魔法を見せていただけませんか?」  末妹のいう魔法。それは武具姫の力のことだ。 「分かったわ。何か壊れてしまったの?」 「これです。せっかくおねえさまにいただいたのに、落としてこわしてしまったのです」  末妹がワンピースのポケットから、片手の掌に乗るぐらい小さな花飾りのついた剣を取りだす。  剣先がほんの少し欠けている。これならばすぐに直せそうだ。  わたしは抱きしめていた末妹の体から手を離し、彼女の前でゆっくり膝立ちする。ワンピースの首元から続く紐をしゅるしゅると外していくと、胸元が露わになる。剣を握っている末妹の右手を取り、中丹田(ちゅうたんでん)に当てた。 「目を閉じて、深く息を吸って。そうそう、上手よ、六〇二。今から扉を開くわ。扉が開いたら、恐れずに右手を前に進めてね。そこで何が見えるか、わたしに教えてちょうだい」 「はい、おねえさま」  わたしは目を閉じ、中丹田に意識を集中させる。閉ざしていた扉を解放すると、周囲に光が満ちあふれる。光の渦の中へ、末妹が右手をとぷんと沈めたのが分かった。 「……おひさまのにおいがします。あたたかいです。大きな木があって、小さなおねえさまが川で遊んでいらっしゃいます。おねえさまのお顔は見えません」  とぷ、とぷん。花の剣がわたしの中に入ってくる。痛くはない。先程より開いた光の扉が、ぶわと春風を放ち、わたしの水色の髪をするすると天へ伸ばしていく。 「小さなおねえさまがお花畑で遊んでいます。いろんな色の花が咲いていて、とてもきれいです。やっぱり、おねえさまのお顔は見えません」  ぽう、ぽう、ぽう。伸びる髪に色とりどりの花が咲く。良い感じだ。わたしは温かさで満ち足りている心のまま、次の扉を開く準備をする。  しかし、進んでいた末妹の手が扉に拒まれる。目を開いた末妹がわたしをみつめ、首を横に振った。 「おねえさま。これ以上は進めません。何も見えないし、何も感じないのです」 「うん。ここから先は六〇二にはまだ早かったね。でも大丈夫。あなたはきちんと自力で、わたしの姿を見つけたわ。武具姫になるための勉強を頑張ってね」 「はい、おねえさま」  末妹が光の中から手を抜くと、わたしの伸びていた髪が肩まで落ちてくる。わたしは髪から抜き取った一輪の花に光を集約させ、とんとんと末妹の右拳を叩いた。光が拳に移り変わった途端、白い花は散って消えてしまう。  けれども、末妹が開いた右(てのひら)に乗った花の剣は、新品同様の煌めきを放っていた。 「直してくださってありがとうございます、おねえさま。大切にします。それから、気をつけていってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」  わたしはワンピースの紐を結び直し、膝の埃を払って立ち上がる。花の剣をワンピースのポケットにしまった末妹の頭を撫で、再度「大好きよ」と囁いた。
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