侵入者と底辺騎士

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侵入者と底辺騎士

 手荷物は体に結びつけられる風呂敷一つで済ませた。中身は、着替え一式と奉仕活動で得た賃金のみ。一番高価な皇太后の札が一枚、続く皇帝陛下の札が五枚、皇后陛下の札が三枚。いずれの札も十枚集めれば次の札に交換できるのだが、おばば様が換金してくれた札はこれだけだった。三歳から十六歳の今まで頑張った奉仕活動の対価は、意外と安いらしいことを、わたしは改めて知った。  荷馬車の主に皇后陛下の札を一枚渡し、清涼園の水を汲んだ樽と共に荷台に乗る。三日間の旅の友は、同じく水を入れた竹筒の水筒だけだ。  凸凹(でこぼこ)と荒い道を走っていた荷馬車の車輪が、次第に軽やかな動きに変わる。わたしは荷台の布を指先でめくり、星一つない暗い空を見上げた。  暗い、怖い、いやだ。幼い自分が長姉に泣きついたことを思いだす。一緒の毛布に(くる)まれ、長姉の歌声を聞いているうちに、すっかり怖くなくなったことも。 (お姉様。早くお会いしたいです)  遠くに浮かんでいる清涼園の明かりを確認し、わたしは荷台の端でボロボロの麻布(あさぬの)を被る。首から下げた布袋を握りしめる両手は、いつもより冷たかった。  ***  帝都は真っ暗で沈黙に満ちていた。途中休憩で寄った村のほうが、よほど活気に溢れていたと思う。  わたしは胸元の布袋から片手の掌に乗るサイズの刀剣を取りだし、髪に生き生きと生えている白い花を一本引き抜く。ぽんぽんと白い花で刀剣を何度も擦っていると、次第に金色の明かりが強まってくる。白い花が消え去るまで続け、わたしは輝く剣を片手に隠した。  一際大きな音を立て、荷馬車が止まる。馬主が馬から降りると同時に、わたしは被っていた麻布を放り投げる。なるべく音を立てずに馬側から荷馬車を降り、側面で様子を伺う。  馬主に近づいてきた足音は一人分。 「清涼園の水だ」 「ありがてぇ。こいつを一度飲んだら、帝都の水なんぞ臭くて飲めやしねぇよ」  二人目が近づいてくる気配はない。わたしは下腹部に力を入れ、ふっと短く息を吐き、荷馬車の側面から飛び出す。目指すは松明が灯り、無人と化した城門の扉だ。  後方から飛んできた怒号より一歩早く、扉の中に入る。ぽかんとした顔で立っていた兵士と目があう。わたしは金の刀剣を強く握り、彼の視界に様々な花の渦巻きを描く。技の発動と同時に剣は消滅し、片手が空く。逃げようともがく彼の松明を奪い取り、わたしは暗闇を駆けだした。  お姉様、どこ。どこにいらっしゃるの。侵入者を告げる鐘の音がうるさい。お姉様、カンカンカン、どこにいらっしゃるの、カンカンカンカン。  わたしは手近な欄干を乗り越え、薄暗い廊下を駆ける。思っていたよりも人気(ひとけ)がない。此処は王宮ではないのだろうか。迷いながらも、眼前の扉を開ける。
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