侵入者と底辺騎士

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 円形状に広がる部屋だった。むわっとした湯気が溢れる湯殿が中央に据えられている。西陵園の水の匂いだ。出入りできる扉は、わたしが入ってきたものと反対側に見える二つだけ。  湯殿の一番上の段で寝転がっていた女性が、灯篭を持ち上げる。ゆっくりと立ち上がり、段差を降りてきて一番下の段に座る。成熟しきった裸体が眩しいのと同時に、痛々しい生傷の数々が目に入った。 「かわいらしいお嬢さん。あなた、武具姫ね?」 「はい。武具姫・刀剣第三〇六号です。姉を探しにきました」 「うふふ。武具姫はみんな、清涼園の水に惹かれるのよね」  わたしは松明を持った手を背中で隠し、膝を軽く折って頭を下げる。王宮にいる武具姫は全員自分より年上だ。番号が古い武具姫には敬意を払わねばならない──清涼園の教えの一つでもある。 「私は一〇五、槍の武具姫よ。刀剣……あなたの姉は二〇三かしら」 「そうです! お姉様です!」  わたしは温かい涙が滲む視界で、ぶんぶんと首を縦に振る。お姉様を知っている人がいた。それだけで胸がいっぱいになる。  しかし、亜麻色の髪を指先に巻いていた一〇五が視線を伏せ、声を潜めた。 「あのね、三〇六。二〇三は──」 「侵入者め! ちょこまかと動きおって!」  荒々しく近づいてきた鐘と足音が勢いよく扉を開き、円状に散った兵士達がわたしに槍先を向ける。わたしはぎりと歯を噛み、松明を両手で持つ。  静かに保たれていた均衡(きんこう)が崩れたのは、腹の底から笑う男の笑い声だった。  ***  俺は男湯にのんびり浸かりながら、一日の疲れを癒していた。他人から見ればふらふらしているだけに見えるだろうが、これでもそれなりに忙しい。さっぱりした気分で湯を上がり、着替えを済ませ、夜風に当たろうとした瞬間、隣から聞こえてきた大きな笑い声に思わず吹きだす。  おいおい、隣は女湯だぞ。あいつは一体何をやっているんだ。  俺は女湯の入口で待機している兵士に声をかけ、中が見えるように扉をほんの少し開けてもらう。案の定の大男と、裸体の女性と、水色の髪に白い花をさしている少女が目に入った。兵士に尋ねると、清涼園と帝都を行き来する荷馬車から降りてきた少女らしい。  つまり武具姫だ。一人で松明を握りながら、きっと周りを見回している姿が勇ましく、きらきらと眩しい。  どきりと一つ、胸が波打つ。  俺は様子を伺いながら、いつでも中に入れる体勢をとった。  *** 「ドンファン将軍!」 「見事な引き(とどめ)役だったな。礼として、後でたっぷり可愛がってやるとしよう」  八尺(はっしゃく)はあると思われる大男が反対側の扉から現れる。かっちりと反らし伸ばした(ひげ)を固め、前髪と左右の(びん)をとった(まげ)も固めてある。男が歩く度に、鎖帷子(くさりかたびら)が金属の(きし)む音を立てた。  わたしは横目で一〇五を追う。体を丸めて裸体を隠そうとしていた彼女が、短く首を横に振った。 (もう少しでお姉様の話が聞けそうだったのに!)  わたしはいらだちを腹の中に押しとどめ、近づいてくる大男──ドンファン将軍を見上げる。五尺弱しかないわたしでは、睨みつけるのが精一杯だ。  ドンファン将軍は片手で兵士を退(しりぞ)かせ、空いていた片手でわたしの頬を打った。ぐらりと目眩がする衝撃の強さに、思わず松明から手を離してしまう。さらにドンファン将軍は、わたしを首元の衣服ごと軽々と持ち上げた。  わたしは上着とワンピースが首を締める息苦しさと、口内に広がる鉄の味を嫌というほど味あわされながら、じたばたと両足で虚空を切る。 「侵入者ときいたが、ただの小娘ではないか。のう、小娘。お主、何用で此処にきた?」 「い、わ……な、いっ」  わたしの体は勢いよく壁に叩きつけられる。風呂敷越しとはいえ、背中を打った衝撃で、ひゅっと細く息が漏れる。頭を打ちつけたせいで温かい血液が髪を濡らし、涙と(よだれ)が顔を汚す。ぴくぴく震える手足では、自力で起き上がることもままならない。  わたしは床に這いつくばりながら、首から下げた布袋を見る。  お姉様、お会いしたいです。最後に、一目で良いから、お姿を拝見したいです。 「答えぬか。それではもう少し続けるとしよう」 「お、いたいた。女子風呂を覗いて悪いな」
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