侵入者と底辺騎士

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 清涼な声が割って入り、ドンファン将軍の足が止まる。わたしはのろのろと視線を泳がせる。足音が近づくにつれ、兵士達が自然と退いた。  一言でいうならば、黒だった。手首まで隠す長袖の上着もズボンも皮のブーツも、背中を流れる髪も瞳も全てが真っ黒。腰ベルトで揺れている剣の鞘だけが、銀色の輝きを放っていた。  髭を全て綺麗に剃り落とし、髷も結ばずにいる青年がドンファン将軍と正面から向き合う。 「何やってるんだドンファン。此処は女風呂だぞ。先客二人に変態と言われても文句は言えないな」 「……底辺騎士。貴様、侵入者の隠蔽は罪に問われるぞ」 「は? 誰が侵入者だって?」 「そいつだ」  ドンファン将軍がわたしを見る目は相変わらず冷たい。逆に、今からでも口笛を吹きそうな青年──オウリムの瞳は、口元と同様の笑みを浮かべていた。 「この子は俺が清涼園から呼んだんだ。水を運ぶ荷馬車で落ちあう予定だったんだが、周りが野郎だらけで怖くなって逃げちまったのさ。俺が見つけるのが遅くなっただけで、侵入者呼ばわりは良くねぇな。  そもそも何も知らなかったくせに、他人の賓客(ひんきゃく)に暴力をふるうとはどういう了見だ、ドンファン」  オウリムの鋭利な視線と声がドンファン将軍を貫く。  半分、いや八割以上嘘だ。わたしはこの人と、今初めて出会った。落ち合う約束なんかしていないし、賓客扱いされることも知らなかった。  オウリム。謎の人が、どうしてわたしを助けてくれるの? 「好きなだけ底辺騎士と呼べばいいさ。俺は(くらい)で物事を語るのは好きじゃない。とりあえずこの子は俺が引き取るぞ」  ドンファン将軍が半歩下がったことで、室内に張り詰めていた空気がふっと緩んだ。 「怖い思いをさせて悪かったな。俺はオウリム。名前だけでも覚えてくれると嬉しい」  片膝立ちになったオウリムがわたしを抱き起こし、太腿に座らせる。(あらが)う力が残っていなかったわたしは、されるがままお姫様抱っこの体勢になる。落ちないよう彼の首に手を回され、お互いの体が密着する。  近い近い近い。近すぎる。  今まで生きてきて異性との密着が初めてのわたしは、自分の胸が立てる音の意味を知らない。駆け巡る熱の熱さを知らない。恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくて、何処かに隠れてしまいたくなる。  そんなわたしの葛藤(かっとう)を知ってか知らずか、オウリムがわたしをお姫様抱っこしたまま、入口へ向かって歩きだす。兵士が屹立(きつりつ)している中、背中に「底辺騎士めが!」と罵声を飛ばしたのは、ドンファン将軍一人だけだった。
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