プロローグ

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プロローグ

冥王(めいおう)とんでもないドロップキックを放った。美月りん、反対側のコーナーポストまでふっとばされる。立てるか」  6月の樹体育館、梅雨にも関わらず1500名の客席は2階席まで満員御礼だった。  客席の熱気と声援が、セコンドにいる美月らんの元へも届いている。煌々とリングを照らす照明。リングでは、本日のメインイベントが行われている。  『聖華女子プロレス』。現在テレビ放送も行われている人気団体、『スターダム』には一歩劣るが、業界2位か3位の覇権を誇る人気団体だ。  リング上では、団体のエースにしてベビーフェイス(善玉)、美月りんと、トップヒール(悪役)の冥王が組み合っている。  美月りんはらんの5歳上の姉だ。小さいころからスポーツ万能の少女だったが、家庭の事情、つまるところ貧乏が原因で部活など専門的なトレーニングは受けていなかった。  そこを一本釣りしたのが社長にして興行統括、チャーム真紀だ。  真紀自身も女子プロレス上がりで、現役を引退した今では経営にご執心だ。表面上は優し気な顔つきだが、選手には厳しい。彼女のしごきで何人もの新人が辞めていった。だがスター選手には通常の女子プロレスで支払われる年俸の倍が支給される。  彼女はリングサイドの解説席でメインイベントを楽しそうに観戦している。  リング上でりんがゆっくりと立ち上がる。金とピンクに染め分けた長髪がまぶしい。弱冠25歳にして団体を背負うエースの顔は、ファッション雑誌に載るほどの美形だが、モデルには無い闘志と熱意を秘めている。  桜をイメージしたコスチュームを身にまとい、相手の冥王を鋭くにらむ。  対峙する冥王は、聖華女子プロレスのベテランだ。年齢34歳。身体能力と試合の組み立てが両立する、レスラーにとっては脂の乗り切った選手と言える。彼女は30歳の節目にヒールレスラーとなった。  大きな顔に目鼻立ちの深い顔で、西洋的な美人の感じを抱かせる。しかし髪は黒髪だ。  リングネームの元になった黒い宇宙に冥王星がプリントされたコスチュームを着用している。身長180センチと恵まれた体格のため、打撃技の説得力が凄い。チョップがさく裂するバチン、という音が会場を熱狂させる。 「さありん、立ち上がる。冥王、すかさず腹に蹴りを叩きこむ」  解説の真澄さんが会場をあおるように叫ぶ。  リング上で九の字になったりんの腹回りを、冥王がつかみ、そのまま頭を下にして垂直に持ち上げる。  じっくりためを作って、前方に落とした。 「ドリル・ア・ホールパイルドライバー(脳天くい打ち)決まったあ」  真澄さんが一際高い声を上げる。    嘘でしょう、前方に落とすなんて。  らんはリングサイドからリングを見上げ、照明がいくつも当たる中、背筋が寒くなるのを感じた。脳天から相手をリングに叩きつけるパイルドライバーはプロレス技の中では最高レベルに危険な技だ。普通は背中で受け身がとれるよう後方に落とす。さらに言えば、相手の脳を守るために完璧には落とさない。太ももをクッションのようにして落としたフリをする。観客から不自然に思われなければ成功なのだ。  
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