11人が本棚に入れています
本棚に追加
選手のせい
美月りんの葬儀は、会社を挙げて盛大に催された。美系で、アイドルのように整った顔立ちと、高いプロレスセンスに溢れた闘姿を持ったりんの元へは、たくさんの花束が手向けられた。
死因は頸椎損傷による呼吸停止。試合会場から救急搬送まで時間がかかりすぎたため、脳に不可逆的なダメージを負ってしまったというのが医師の見解だった。
「すまなかった」
線香の香り漂う控室で、冥王こと五月明はらんに向かって土下座した。大きな身体が小さく折りたたまれる。対峙するのはらん一人。らんの母親は出産時に死亡。男手一つで育ててくれた父親もらんが18歳の時にがんで亡くなった。今回の事故でらんは近しい家族を全て失ったのだ。
「殺す気だったの?」
らんも同じプロレスラーだ。対戦相手を殺す気なんて一ミリもないと分かってはいるが、どうしても口に出てしまう。
「誓って言う。そんなことは無い。でも、あのパイルドライバーは私のミスでもあるけど社長の指示。前方落下は体重移動が難しくて、変な角度で落としてしまった。あんたは好きなだけ私を殴っていいよ」
そう言われると、逆に殴る気が失せる。らんは涙をこらえて、肝心の質問をした。
「あのメインイベント、台本を書いたのは社長?」
「ああそうだ。チャーム真紀だよ」
明が断言した。
プロレスは真剣勝負、の反面、ショーとしての一面がある。試合を盛り上げるために、決め技や試合時間をあらかじめ設定しておく台本が試合ごとに用意されている。
「あの場面には、台本があった。私が得意技2発、それをキックアウトしてりんが決める」
明が絞り出すように言った。
「具体的には私がドリル・ア・ホールパイルドライバーから、抱え上げての横投げ。それを返したりんにヘッドロックをかける。そしてりんが後ろに回って私に起死回生のジャーマンスープレックス。立ち上がれない私にコーナートップからのムーンサルトプレスで3カウント。りんの逆境からの逆転で試合終了という流れだったんだ」
「あなたはこれからもリングに立つの?」
「うん。私ががんばることが、りんに対する弔いと、謝罪だと思っている」
本心だろう。
らんは明を、心の片隅ではあるが許そうと思い始めていた。
半面、姉を失った怒りをどこかにぶつけたかった。いくら台本とはいえ、あんなに危険技を出させていいのか。
契約終了後、また聖華に残留するか。
今までは「はい」と即答できたが、今ではよく分からなくなってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!