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森には魔物がいる。
魔物は綺麗な石を食べて、獣を引き裂き、山を駆ける。
名をパガナーリという。
✳︎✳︎
「助けて!」
私は、森の中を逃げていた。
道に迷ったのではない。
命を守る為に森に逃げ込んだのだ。
助けてと言っても助けてくれる人も神もいない。
そんなのは分かっているけれど、叫ばずにはいられなかった。
それでも、ついさっきまではきつく口を閉じて逃げていた。
もう、声を上げるくらいしか正気を保つ術がない。
盗賊の襲撃だった。
さっきまで私の成人の宴の真っ最中で、皆ほろ酔いで幸せの満ちる時間を過ごしていたのに。
誰かの悲鳴とともに敵の矢が父を貫いたのを見た。次々に飛んでくる矢は母をも射た。
あんなに沢山の矢からは、父も母も逃げられなかっただろう。
祖母の近くにいた私は、手を引かれてパガナーリの森の入り口まで来た。
普段なら決して近づいてはいけないと厳しく言うのに、祖母はぐいと森のほうへ私の背を押す。
「獣に囲まれたらパガナーリをお呼び。気が向いたら助けてくれるかもしれない。生き延びるんだよ」
祖母は嫌がる私をどんと森の暗闇に押し込み、自分は声をあげながら森から遠ざかる。
祖母の声を追って盗賊が集まってくるのが聞こえるた。
家の方角からは炎が上がって空を炙っている。
私は歯を食いしばり森に逃げ込んだ。
森には魔物だけでなく獣もいる。
人を食う獣ばかりだ。
森に入ってすぐ、暗がりから沢山の生き物の気配がして、その数はあっという間に増えた。
森の奥に奥に逃げても、ずっと気配がついてくる。
怖い。
弓で射殺されるのも怖いが、獣に腑を食われるのも嫌だ。
「……助けて……誰か……」
滲む涙は木々を抜けて吹く風で乾いてしまう。
もう浅くしか肺に入らない空気が胸を切り裂くようで、痛い。
足も手もきっと顔も、低木や棘のある蔓がぱちぱちと当たり、無数の擦り傷がついている。
疲れ切っていても止まって休むことは出来ない。
うっすらと饐えた獣臭がして獣との距離がだんだん近づいてきていることが知れる。
もうすぐ私の命も尽きるのだろう。
それでもどうにか足を動かしていると、獣たちがざわめき、どんと頭から何かに激突した。
「助けてやろうか?」
尻もちをついたところに、覆いかぶさるように黒い男が私の目をのぞき込んでいた。
どこから出てきたのかもわからない。
夕方の陽の中でもよくわかる、目も髪も服も黒い、月のない真夜中のような男だ。
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