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男は私に向かって影のような手を長く伸ばす。
「その石をくれるなら」
そうだ、これは、森の魔物だ。祖母が寝物語として話していたのを聞いたことがある。
たしか、宝石を食べるのだって。
「こ、これはダメ」
私の胸元に隠されている石を隠すように服の上から手を当てる。
外からは見えないはずなのに、男は石の正確な位置を捉えているようだ。
「そうか、ならば、縁がなかったな」
魔物は言い残すと、私の背より高い木の枝まで跳び上がり、背を向ける。
「うそ……ま、まって……」
「助ける理由がない。せいぜい逃げるがいい。だが、血が臭うのは好まん。近くでは食わせるなよ。出来るだけ遠くまで走れ」
ふわりと跳びあがる様は風に舞う羽根のようで、足音さえ聞こえない。
「待って、待ってください!」
呆けていた私は、自分の置かれた状況を思い出して、どうにか立ち上がった。
「これをあげてもいいけれど、この石と私は物理的に離れられないの」
それこそ、殺しても奪うことは叶わない。
しかし、これが一時でも自分の命を守るなら、何にでも賭けようと思った。
「ほう」
くたくたでしわがれた声を絞り出して命の交渉をする。
「私を殺してもこの石は手に入らないの。私を助けてくれたら、この石の外し方を教えるわ」
「……確かだな?」
「命には代えられないもの……」
獣も怖いが、この男も怖い。私はがたがたと震えていた。
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