5.この手を握って、離さない

1/8

1265人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ

5.この手を握って、離さない

 またライラックの花が咲き始める季節がやってきた。  五月の風に花が香る金曜日。父と婚約者の彼は今日は出張でいない。  女ふたりだけの朝食をゆったりと取っていたら、寿々花のスマートフォンから電話の着信音。表示を見ると、岳人パパだった。 『おはようございます。リモート不可の急なクライアントとの打ち合わせが入ってしまって、もうでかけなくてはならなくなったんですよ』  そう聞いて、寿々花は『大変』と飛び上がる。 「え、だったら拓人君の登園の付き添いがいりますよね」 『そうなんです。お願いできますか』 「いいですよ。私が出勤する時に連れて行きます。こちらの伊藤の家に連れてきてください」 『いますぐ行きます!』 『すずちゃん、おねがいします!』  パパの電話の向こうから、元気な声が聞こえてきたので、寿々花の頬が緩む。 「たっ君を保育園まで連れて行くから、早めに出るね」 「あら。岳人さん、お仕事?」 「時間変更で、打ち合わせが朝いちになったんだって。フリーランスだから、断るとひとつチャンス逃しちゃうこともあるみたいだから」 「まあ大変。お母さんが行ってもいいのよ」 「いいよ。たぶんそこで堂島陸曹に会うから」  ママさん隊員の堂島陸曹とおなじ保育園に入ることができていた。  きっと堂島女史も登園に現れるだろうと思って、寿々花も進んで引き受ける。 「おはようございまーす! 遥ママ、すずちゃん」 「おはようございます。いつもすみません」  スタイリッシュなパパさんが、今日も元気いっぱいの男の子と一緒に伊藤家にやってくる。  玄関で寿々花が出迎えると、ヨキも一緒に出てきたので、拓人の笑顔が輝く。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1265人が本棚に入れています
本棚に追加