5.この手を握って、離さない

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「よっ君。おはよう、おはよう」  慣れた手つきでヨキをだっこして、ふさふさの毛を一生懸命に撫でてくれる。  ヨキもすっかり慣れて、いまは『遊び相手』として懐いていた。拓人もヨキのことを大好きといって可愛がってくれる。 「いらっしゃい。たっくん、岳人さん。朝は忙しいわね」 「お母さん、いつもありがとうございます。今日も拓人をよろしくお願いいたします。迎えの時間は自分が行きますので」 「今日、お父さんと将馬さんが東京の出張から帰ってくるのよ。金曜日で、明日はお休みでしょう。よかったら、こちらで一緒に晩ご飯しましょうよ」 「マジっすか! お母さんの手料理が食べられるなら、俺、今日一日めちゃくちゃ頑張れちゃうな!」 「僕も、遥ママのポテトサラダ食べたい! ほんのりバターの味がするやつ」 「うんうん、わかったわよ。作っておくね。ほら、岳人さん。地下鉄に乗り遅れるわよ」 「ほんとうだ。行ってきます」  パパいってらっしゃい――と、母と拓人とともに寿々花も見送った。  それと同時に寿々花も制服姿で靴を履く。  初夏になり、元気いっぱいTシャツ姿の拓人の手を取る。 「よし、行きますか。たっくん」 「うん、しちょう、行きましょう」  小さな手が寿々花の手を握る。 「いってらっしゃーい」  ライラックが咲き始めた伊藤家の庭先。母がヨキをだっこして見送ってくれた。  伊藤家のライラックは白と紫色。北国のひんやりとした朝の風に揺れると、花の香りが漂ってくる。 「お花の匂いだ。あのお花かな」  門扉を出たところで、家の塀の外へと垂れ下がっているライラックを拓人が見上げる。 「うん、ライラックというお花でね。北の方で咲くお花なの。『札幌市の木』になっているんだよ」
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