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寿々花も密かに忍ばせている『母心』。未熟だけれど育て始めている。
小さなこの子の手を握って、もう離さない。あなたの本当のお父さんと一緒に強く握って、離さないよ。
ライラックの花の色と香り、これが拓人と私の思い出になりますように。
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夕方になり帰宅すると、キッチンでは母が夕食作りに励んでいて、リビングでは帰宅した岳人パパと拓人がヨキを挟んで遊んでいた。
「すずちゃん、おかえり!」
制服姿で帰ってきた寿々花を元気いっぱい拓人が迎え入れてくれる。
「パパ、すずちゃんのお部屋に一緒にいっていい?」
「お姉ちゃんはいまからお着替えをするんだぞ。女性のお着替えに男は一緒にいたらダメ」
「べつにいいですよ。いまはまだ」
寿々花はそう思うが、岳人パパとしては『母親であってそうではない女性として位置づける』ことを既に意識していることが伝わってくる。母心を忍ばせ始めたが、拓人の将来の見通しの付け方は岳人パパのほうが断然先輩。
彼はさらに手を緩めない。
「それに。寿々花さんの部屋には、大事な楽器がいくつかあるでしょう。お祖母様から引き継いだヴァイオリンとか。おもちゃじゃないことも覚えさせないと」
父親たるものを目の当たりにする瞬間だった。いままで何度も目の当たりにして来た。
育ての父親として、甘いところ厳しいところ、岳人パパはそれをしっかり持ち合わせている。将馬ですら『こうあるべきなのか』と感嘆し、岳人パパを父親として敬っている。
そんなパパの厳しい言いつけに、一瞬しゅんとした拓人だったが、『おきがえ終わったら呼ぶね』と伝えると笑顔になった。
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