5.この手を握って、離さない

6/8

1265人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ
 岳人パパが言うとおりなのかもしれないが、拓人のお目当ては『音楽隊で働くお姉さんのお部屋』で、楽器や音楽隊のマーチング用正装とか、たくさんのCDにオーディオがある雰囲気に浸りたいこと。決していたずらなんてしないし、勝手に楽器にも触らない。でも万が一があるのも子供、岳人パパに寿々花もそう教えられていた。  ゆったりできる夏のワンピースに着替えてリビングに戻り、拓人を呼びに行くと、賑やかな声。 『いちい、しょうほ、おかえり』と楽しそうな声が聞こえてきた。  父と彼が東京から帰って来たようだった。 「おかえりなさい」  寿々花が姿を現すと、紫紺の制服姿の男ふたりが笑顔を向けてくれる。 「東京はもう蒸し暑かったよ~。なんで夏服の時期に呼んでくれなかったかなあ」 「ただいま、寿々花。お父さんとお土産を選んできたよ」  自宅では『将補』ではなく、すっかり『お父さん』と呼ぶようになった彼。  彼がお洒落な紙袋をいくつもいくつもソファーに並べてきたので寿々花は『こんなに!』と仰天する。 「副官と一緒に妻と娘のお土産を当たり前のように選ぶ不思議な感覚を味わってきたぞ。こいつ、あれもこれもって寿々花にいくつも買い込んでたんだよ。もうやめろって言っても、たっ君にも岳人君にもあれもこれも。私が荷物持ちになりそうでさ」 「なに言ってるんですか。将補だって奥様にあれもこれも、娘にも拓人にも岳人さんにだって。自分が将補のぶんもきちんと全部運びましたよ」 「優秀なレンジャーだから苦ではなかろう」  やがて舅と婿になるふたりは、上官と副官の時でも軽快な会話が日常になりつつある。  そんな制服のふたりが帰宅して賑やかになり、岳人パパも楽しそうに笑っている。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1265人が本棚に入れています
本棚に追加