6.その微笑みを忘れないで

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 わけがわからない拓人がおかまいなしにメロンを頬張っている姿を、ずっと愛おしそうに見つめているご両親。別れるころには、もうメロメロになっていて『近いうちに、陸将補にご挨拶もあるから札幌に会いに行く!』と張り切っていたほどだった。  その時には岳人にも挨拶をしたいと、ご両親も受け入れる気持ちを見せてくれた。  アカシアの香りがする自衛隊記念日。その時には、拓人のために集う新しいファミリー勢揃いの写真が増えるはずだ。  彼が浴室から出てきた音がした。キッチンで水分補給をして、リビングに戻ってくる。  汗ばんでいる上半身だけ素肌のままで現れ、バスタオルを肩にかけた姿で、ソファーにいる寿々花の隣に座り込んだ。片手には冷えたミネラルウォーターのペットボトルを持っている。  短めにしている黒髪が濡れて艶やかになっている。そんな彼が寿々花の視線の先に気がつく。 「寿々花が言ったとおりに、増えてきたな」 「うん。あともう少ししたら、静岡のお父さんとお母さんと、札幌で暮らしている将馬さんと私たち皆が揃った写真が増えるんだろうなって」  彼の眼差しがやさしく伏せられる。 「一年前の俺を覚えているか」 「うん。キリキリしていて怖かった」 「考えられないよ。一年後にこんなに変わっているだなんて――」  私だってそうだよ。結婚できるなんて思っていなかった。寿々花もそう言いたい。 「陸将補のお嬢様として出会ったのではなくて。公園で犬を逃がしちゃっているお嬢さんとして出会って良かった。あれがなくては、寿々花のことを上官のお嬢様として拒絶していただろうし、伊藤家の手助けがなければ、拓人は引き取れなかったよ。寿々花に出会ったあの時がすべて……」
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