6.その微笑みを忘れないで

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 感慨深そうに呟く彼の言葉に、寿々花もおなじ気持ちで頷いていたのだが。また彼がいきなり『クスッ』と笑い出す。 「違った。よっ君が逃げたからだ」 「ん? もしかして。お母さんが怪我をしてリードを換えなかったからかも?」 「となると? お母さんが凍結した道で転んで怪我をしたことから始まっているのか?」 「私と将馬さんが偶然、真駒内に転属になったこともだよ」 「だったら、すべてが運命だ。うん、もうそうしよう」 「そうだね。ほんと、すべて必要だったね」 「あの時から、よっ君を捕まえた時から始まっていたんだな。諦めていたんだ全部。夫になることも父親になることも。なのに、どうして一年後、俺の手元に来たのだろう……」  そんなの決まっている。 「あなたが、人を愛せる人だったからだよ」 「寿々花……」  感極まって潤んでいる男の目が寿々花を熱く見つめている。  風呂上がりの男の匂いが、寿々花の心を捉える。彼の男らしい指先が寿々花の頬に触れる。  夜風が静かに入ってくる中、お互いにそっと目を閉じて唇を重ねた。  会えないとわかっている息子を、ただ血が繋がっているということだけで守ろうとしていたから。  あなたは自衛官として向いている男なのだろう。心の底に誰にも負けない慈愛を秘めて、崇高な精神で人を守ろうと生きていける人。そんな人が愛を持っていないはずがない。  薄い夏のワンピースを脱がされて、部屋の灯りを消して。奥にある彼のベッドで素肌を重ねる。  きつく結ばれる互いの指先と、唇の奥で絡み合う舌先、夜が更けるごとにしっとりと汗ばんでいく肌を熱くして。何時間も冷めない交わりを彼と貪る。
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