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「いちばんは、戦争をしないように努力すること。相手が襲ってきても、追い返して戦争は避けること。襲ってきたら最小限の被害で食い止め追い払うこと。戦争をしないために、少しの力で返せるように頑張っていくのが自衛隊だよ。でも、雪の時になにかがあったら、館野が行く。自衛官だからだ。雪山のバッジはその仕事が出来る証明で、彼が自ら得た使命なんだ」
拓人が黙ってしまった。泣きそうな顔をしていた。
寿々花が抱きしめようとしたその時、神楽教官がいつもの優しい微笑みを絶やさないまま、拓人の黒髪を撫でてくれる。
「どうして頑張れると思う? たっくんがしあわせに笑って楽しく学校に行けるようにと思ってだよ。奥さんになった寿々花ちゃんが、これからもずっと、沢山の人々に素敵な演奏を聴いてもらうためのお仕事を続けられるように。拓人君と岳人パパがしあわせに、ずっと一緒に暮らすため。館野の雪山バッジを付けている胸の奥に、君たちがいるから、絶対に護るという気持ちがあるから、頑張れる男がここに行けるんだ」
それは拓人のため。本当の父子ではないと思っている拓人にとっては、まだぴんとこないところがあるのかもしれない。でも、ここにいる事情を知る大人たちにとっては、写真の中にいる険しい横顔の男が秘めた信念が伝わってくる話だった。
決して会えない息子のために。せめてもの父親としてできること、自衛官という生き方を選んだ男が最大限にできることでもあったのだろう。
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