8.君は母親

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「思ったんだ。こうして家族になっていくのかもしれない。拓人は伊藤の家に包まれて初めて幸せを感じたんだと思う。勝手な価値観を押し付けていた鳴沢の生家じゃない。窮屈な価値観のあの家から岳人君と逃げ出して、伊藤家にやってきて、そこで初めて寿々花と遥ママに包まれて母性を知って。なによりも、寿々花……。君が育った音楽がいっぱいの部屋で拓人は自分を見つけたんじゃないかな。初めて自分からドキドキすることを知ったんじゃないかな。楽しい食事会の後に、遥お義母さんのピアノと、寿々花のクラリネットの演奏。よく考えたら音大卒の母子の生演奏なんて凄く贅沢だ。音の楽しさを知って、結婚式で大勢の人に喜んでもらえたこと、拓人にとっては自分を認めてもらえたいちばんの出来事だったんじゃないかな……。そこに、俺は、拓人と寿々花は血の繋がりはないけれど、音で強く結びついたと思えたんだよ」 「そうかな……。でもこれからピアノ以外にも興味を持つかもしれない。パパがしているデザインだって、お父さんの自衛隊の仕事だって」 「いや。俺は自分の仕事に誇りを持っているけれど、次世代の子供たちには背負わせたくないと思っている。もちろん、この仕事は警察や消防のようになくならないとは思う。それでもなりたいというなら、俺も応援をする。でも……自分で使命を負っていてなんだけれど、親心となると、心配になる仕事だよ。これから拓人がなにを選ぶかわからない。でも、自分がすることで人を幸せにしたい。それが拓人にはいまは音楽。そう思える感覚を与えてくれた寿々花と遥お義母さんに、俺は感謝をしたい」  目を瞑って淡々と語る夫は、ずっと笑みを絶やさなかった。  そして目を開けた彼が、寿々花をまっすぐに見つめて言い切ってくれる。
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