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「寿々花も。まだ名乗れないけれど、拓人の母親だ。よろしく頼む」
「将馬さん……」
涙が溢れてきて、寿々花から彼に抱きついていた。
将馬も優しく抱き寄せてくれ、寿々花の黒髪にキスをしてくれる。
「君と結婚して良かった。俺も毎日が幸せだよ。君が拓人のそばにいてくれて感謝している」
寿々花の黒髪から額に新しいキスが押され、そこから鼻先に。最後にくちびるに重ねられた。いつものようにもっとその奥へと彼の唇を許しながら身体の力が抜けていく――。
彼の口の中、甘いクリームの味が残っていた。
父の日ミッションを終えてしばらくすると、拓人はピアノ教室に通い始めた。練習のために、母のピアノを触りに伊藤家を訪ねてくることも増えた。
短い蝦夷梅雨、リラ冷えの季節を抜けると、北国の空はさわやかな夏空になる。
とある日の昼休み。寿々花は司令部にいる夫へとスマートフォンからメッセージを送っておいた。
【重大なことが起きたので伝えたいことがあります。コンビニのそばで待っています】
【わかった。緊急の事態がなければ、行く。拓人のこと? なにかあった?】
【たっくんにも大変なことです】
【わかった】
拓人にも大変と言えば、余程のことがない限りすっ飛んでくると予測できた。部隊で勤務中にプライベートなことで呼び出しても滅多なことでは出てきてくれない副官さんだとわかっていたが、息子のことはいちばんに気にすることを利用してしまい、寿々花はちょっと気が咎めた。
でも。黙っていられない……。
駐屯地内コンビニの入り口で待っていると、いつもの冷たい表情に固めている夫が制服姿で現れた。
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