8.君は母親

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 夫と妻だから見られてもなんら遠慮はいらない関係だけれど、夫が目の前まで辿り着く前に寿々花から先に移動をする。離れた距離を保って、夫が後を追ってくるのを肩越しに確認をして、寿々花は何食わぬ顔で先に進む。  いつか将馬に腕を掴まれて『なんのために司令部まで出向いてきたのか。お嬢様だからこそ注意をしてほしい』ときつく釘をさされたあの場所へと向かう。  人気のないそこで、冷たい顔の男に『噂など気にしない。悪く言われても敵わない。放っておいてほしい』とあしらわれた懐かしいあの場所だ。  人目を避けたその場に、寿々花が先に到着する。  あの日はうす暗い春の夕だったが、今日は夏の燦々とした陽射しが降り注いでいる。  人気のない通路で待っていると、後を追ってきた将馬が到着した。 「寿々花、どうかしたのか。拓人にも大変なこととはいったいなにがあったんだ」  息子のためならどんなことでも守り抜くという顔は、館野三佐が精神を研ぎ澄ましているときとおなじ。そんな強ばった気構えをしている。  夏の白いシャツに紺の肩章、紺のスラックス。爽やかな夏服になった夫だったが、部隊での眼差しは冷ややかで、寿々花は懐かし想いで彼を見上げた。  寿々花も白いシャツに紫紺のタイトスカートの制服。そのスカートの上に手を置いた。 「たっくんの、弟か妹がここにいるんだって」  将馬が目を瞠る。 「寿々花……それって……」 「あなたの、ふたりめの子です」  父の日ミッションを無事に終えて気が抜けたのか。  それからしばらくして寿々花は体調を崩し、気怠い日が続いた。母親代わりだからと根を詰めたせいだと思っていた。
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