4.近づいてはいけません

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 だからなのだろう。よっ君の朝の散歩でも、一尉には出会わなくなってしまった。  優秀な彼のことだ。余計な接触はすまい――と、よっ君の散歩時間もコースも外してしまったのだろう。  さらに気になることが、あとひとつ。  女性隊員たちが、父のそばに控えている『眉目秀麗』な副官が着任したことを知り、浮き足立っている。これはもう抑えようがなさそうだった。  そうなれば近しい同僚、先輩後輩たちから『伊藤陸士長、お父様の副官として顔見知りでしょう。会える機会とかないの?』と探られる。『そんなチャンスがあれば、その時は是非一緒に』――という言葉が続いてきそうだ。だがまだそこまで誰も踏み込んできていない。  おなじ音楽隊の女性たちだけではない。部署が近くもない見知らぬ女性隊員が、寿々花を見かけたら近寄ってきておなじように探ってくる。  当然『陸将補である父に関する業務の邪魔にならないよう、近づかないようにしている』と告げれば大抵の隊員は一歩退いてくれる。  寿々花の自宅に招待をしてほしいと切り出されても、『旅団長の父と、それより厳しい目を持つ母がいる』とわかれば、まともな自衛官は上官とその奥様に畏怖して諦める。  それでも申し出が多いこと、多いこと。  転属してから半月ほど。駐屯地周辺の残雪が解けきり緑が息吹いてきたころ、寿々花はついに母に愚痴をこぼした。 「館野一尉と繋いでほしいという女性隊員が多すぎてうんざりなんだけど」  夕食を終え、母が焙じ茶とお手製の胡麻プリンを出してくれたデザートタイムにこぼしてみた。
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