10.あなたの微笑みのために

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 将馬は『拓人にショックを与えたくない』という気持ちのほうが大きく、これから生まれてくる実娘と拓人が異性として意識するだなんて、まだそこまで考え及ばぬ状態だったと我に返っていた。  この出来事のあとも、岳人パパと館野の二家族でつつがなく過ごしている。拓人も将馬のことをお父さんと意識をすることが垣間見えてきたけれど、まだ『三佐』のまま。岳人パパと一緒に暮らしている。  寿々花のお腹が大きくなって、臨月が近づいてくるまでも、拓人は生まれてくる妹を心待ちにして、兄としての心積もりを寿々花と一緒に育む日々。  ひとつ決めたのは、次に将馬の転勤で家族ごと移転することがあれば、拓人の転校にあわせて『館野拓人』と苗字を変えるということ。拓人も交えて家族全員で了承したが、それもまだ数年先になりそうだった。  将馬は次年度から、真駒内駐屯地内にある教育部で『冬季遊撃レンジャーの教官』を務めることが決まっている。あと数年はファミリーで真駒内で暮らすことになる。   ---⛄    札幌の街が白く染まる季節――。  寿々花はたったひとりで分娩室にいる。  自分で決めたことだった。  もしこの時に、夫が部隊業務で仕事優先になったら『ひとりで産む』と決意をしていた。  本当にその通りになった。父・一憲、伊藤旅団長に付き添う大事な業務が入り、いま将馬は北海道にはいない。 『俺が札幌に帰って来てから産気づくといいんだけれど』 『もし、あなたがいなくても大丈夫。自衛官の妻は結婚するときに、そんなことも覚悟しています』  私は、自衛官の妻で、自衛官の娘で、自分も自衛官だから。  寿々花は夫に笑顔でそう言い切った。  寿々花を心配そうに抱きしめ、父とともに遠い九州の合同演習の視察へとでかけた。
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