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だから父もいない。でも、すぐそば、分娩室の外には、母が、そして拓人と岳人パパも付き添ってくれている。
ひとりじゃないのはわかっている。
いま札幌は雪がいちばん降る季節。さっぽろ雪まつりがもうすぐだ。
真駒内の部隊からも、精巧と評判の雪像建設をするための隊員を派遣させている。
しんしんと雪が音もなく絶え間なく降り積もる夜……。まっしろな雪が美しく降り積もる、静かに。寿々花の頭のなかはそんなことが浮かんでいる。
そこに冷たい顔をしたあの人が、たったひとりで立っている。
私と、拓人と、ちいさな女の子が、一緒にその男性へと手を差し伸べる。やがて冷たい顔の男がその手を取ってこちら側に来ようと、雪を踏みしめ歩み寄ってくる。
『清花』、強くひっぱってあげて。『拓人』、その男の人の手を離さないで。寿々花も力一杯、彼の手を握って、降り積もる雪の中にいる彼を、子どもたちと引っ張る。
産まれましたよ!
そんな声が聞こえた時、アカシアの甘い香りがした気がした。
雪の中にたったひとり冷たい横顔で立ち尽くしていた男が、私と清花と拓人が微笑んで待っているこちら側に、笑顔で一歩を踏み出し入ってきてくれた。
自衛官の彼にアカシアの白い花が降り注ぐ、甘い香りのなか。彼がしあわせそうに微笑んで、私と、拓人と、清花と。そして、岳人パパと一緒に抱きしめてくれている。
そんな光景が、息を弾ませ痛みから開放された寿々花の脳裏に浮かんで見える。私の、寿々花の『ファミリー』だ。
出産を終えたら、朝になっていた。
母と岳人パパは交代でそばに付き添ってくれ、拓人も病院にとどまってくれていた。
寿々花の次に、娘に触れたのは兄の拓人。
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